( 2019.04.23 )
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 日本語学校はこの10年で2倍以上に急増している。 その急増を支えているのは、労働目的で来日している 「偽装留学生」 だ。 彼らはビザ更新が目的で、日本語を学ぶ意欲は低い。 「偽装留学生ビジネスには、ひとたび手を染めれば抜けられないうまみがある」 ――

「悪質な学校」 は本当に一部か

 2018年12月に成立した改正入管法の国会審議では、日本語学校の問題についてはほとんど議論がなかった。 唯一、共産党の議員から質問は出たが、それも 「株式会社」 経営の日本語学校が営利目的に走っているといった程度の指摘でしかなかった。

 新聞などでは日本語学校の問題が取り上げられることがたまにあるが、やはり 「一部に悪質な学校が存在する」 といった論調だ。 経済力のない偽装留学生を受け入れている日本語学校は 「一部」 に過ぎず、大多数の学校は真っ当に運営されているという認識なのだ。

 しかし、取材してきた印象では、むしろ偽装留学生の受け入れを拒んでいる日本語学校の方が珍しい。 学校法人が経営する日本語学校であろうと大差なく、より悪質な学校も存在する。 では、 「悪質な」 日本語学校の割合とは全体のどれくらいに上るのか。

 それを知るうえで興味深い研究がある。 一橋大学大学院博士後期課程に在籍する井上徹氏がまとめ、2019年3月下旬にウェブ上で公開された 『日本語教育の危機とその構造― 「1990年体制」 の枠組みの中で―』 という論文だ。


定員割れの学校が偽装留学生の受け皿に

 この論文で井上氏は、文部科学省がまとめた 「平成29年度日本語教育機関における外国人留学生への教育の実施状況公表について」 という資料をもとに、日本語学校の分析を試みる。 文科省の資料には、459校の日本語学校に在籍する国籍別留学生、日本語能力試験合格者、進学者の数といった情報が載っている。

 井上氏が着目するのが、日本語能力試験 「N1」 と 「N2」 の合格者数と専門学校や大学などへの進学者数の乖離だ。

 専門学校などの授業についていこうとすれば、最低でもN2の日本語レベルは必要となる。 にもかかわらず、日本語能力を問わず、留学生を受け入れる学校は増えている。 少子化の影響で私立大学の半数近くは定員割れの状況にある。 専門学校に至ってはさらにひどい。

 そのため営利目的で、偽装留学生の受け入れで生き残りを図っているのだ。 一方、留学生は日本語学校から専門学校などに進学すれば留学ビザを更新でき、出稼ぎを継続できる。

 文科省の資料を井上氏が調べたところ、459校のうち366校が進学者数を公表していた。 残りの93校は新設校で進学者が出ていない。 そして366校全体で、N1もしくはN2の合格者は2016年度で1万3538人、進学者は3万618人だった。 つまり、半数以上がN2の資格を持たず、専門学校などへ進学している。 こうした進学者は、偽装留学生である可能性が高い。


711校の8割以上が 「普通校」 以下

 さらに井上氏は、各日本語学校のN1とN2合格者と進学者の比率を調べた。 比率が高ければ、日本語能力を身につけた留学生が進学していることになる。 結果は、進学者全員がN2以上に合格し、井上氏が 「優良校」 とみなす学校が11.2%、70%以上が合格という 「普通校」 が16.1%だった。 一方、N2以上の合格者の比率が4割以下の 「不良校」 が57.2%にも上っていた。

 日本語学校の数は2018年8月時点で711校まで増えていて、文科省の資料に載っていない学校も252校に上る。 93校の新設校に加え、こうした未登録校も、偽装留学生の受け入れによって成り立っている疑いが強い。

 一方、井上氏が 「優良校」 か 「普通校」 とみなす日本語学校の数は、文科省のデータを提出した459校のうち100校に過ぎない。 そのなかにも偽装留学生を一部受け入れている学校はあるはずだが、この100校を除けば、711校の大半は 「悪質」 とみなすことができる。 つまり、少なくとも8割以上の日本語学校は、偽装留学生の受け入れで経営が成り立っている疑いが強い。


日本語能力試験合格者に 「国籍別」 がない理由

 留学生が日本語レベルを証明する試験には、他にも独立行政法人 「日本学生支援機構」 (JASSO)が実施する 「日本留学試験」 などがある。 日本語能力試験を受けず、日本留学試験のみの成績で進学する留学生もいる。 それでも井上氏の研究は、日本語学校の実態を知るうえで貴重なものである。

 日本語能力試験は日本国内のみならず、世界各国で受験できる。 N1合格者は国内受験者だけで2012年から4000人以上増え、17年には2万3378人に達した。 N2に至っては3万4570人と、5年間で2倍近くになった。

 しかし、同試験を統括する独立行政法人 「国際交流基金」 と公益財団法人 「日本国際教育支援協会」 は、国籍別の合格者を公表していない。 井上氏が集計した文科省の資料も同様、公表しているのは日本語学校別の合格者までで、国籍には触れていない。

 国籍別に公表すれば、合格者が中国や韓国など漢字圏の出身者に偏っていることが証明される。 そうなれば、ベトナムなどアジア新興国の 「留学ブーム」 によってやって来た外国人たちが、実際には出稼ぎ労働者に過ぎず、しかも日本語学校の教育が全く機能していないことも明らかになってしまう。

 それは日本語学校業界、そして日本語教育を推進する文科省や外務省、また 「留学生30万人計画」 を主導する安倍政権にとっても都合が悪いのだ。


かつての留学生が学校経営者に

 日本語学校の経営者には、在日中国人や在日韓国人が極めて多い。 その背景には、日本語学校業界の歴史が影響している。

 日本語学校の設立ブームは、政府が 「留学生10万人計画」 の達成を目指していた1990年代後半から2000年代前半にかけて一度あった。 日本語学校を統括する一般財団法人 「日本語教育振興協会」 のデータによれば、日本語学校の留学生数は1996年の1万1124人が2003年までに4万2729人と4倍近くになった。 同じ時期、日本語学校の数も287校から409校へと増えている。

 現在の 「留学生30万人計画」 と同様、 「10万人計画」 の最中にも留学ビザの発給基準が大幅に緩んだ。 結果、中国を中心に偽装留学生が大量に流入した。 そして中国人に続く多さだったのが韓国人留学生だ。 この頃、留学生として来日した中国人や韓国人たちに祖国とのコネクションを活かし、日本語学校の経営を始めた者がいる。 だから日本語学校には、中国人や韓国人経営の学校が多いのだ。


2度目のブームで新興国から大量流入

 「留学生10万人計画」 は2003年に達成された。 そして同じ年、日本中を震撼させる事件が起きる。 中国人留学生3人による 「福岡一家4人惨殺事件」 である。 日本人の夫婦と子どもの家族4人が殺害され、遺体が博多湾で見つかった痛ましい事件だ。

 3人の中国人留学生は皆、日本語学校を入り口に来日していた。 そのうち2人は私立大学と専門学校に進んでいたが、いずれも生活費の工面に苦労していた、 そこで犯行に及んだのである。 この事件もきっかけとなり、留学ビザの発給基準はいったん厳しくなった。

 その後、事件のほとぼりが冷めた5年後の08年、福田康夫政権が 「留学生30万人計画」 を策定した。 当時約12万人だった留学生を2020年までに30万人まで増やすという計画だ。 そして今度は、中国に代わってベトナムなどアジアの新興国から偽装留学生が流入する。 その結果、日本語学校の留学生が急増し、業界は2000年代前後とは比べものにならない “バブル” に沸くことになる。

 自らも留学生だった中国人や韓国人、さらにはかつて中国などから偽装留学生を入学させていた日本語学校経営者は、 「偽装留学生ビジネス」 に精通している。 違和感や罪悪感を抱くこともなく、偽装留学生の受け入れに邁進しがちだ。 結果、彼らの経営する学校が規模を拡大し、大きな利益を上げることになる。


定員超過で300人以上の留学生が退学

 2018年9月、大阪市の専門学校 「日中文化芸術専門学校」 で300人以上の留学生が退学となっていたことが発覚し、新聞などで大きく報じられた。

 同校は定員を大幅に上回る留学生を受け入れた後、管轄の大阪府などから是正を求められ、一部の留学生を退学にしていた。 退学となった留学生のうち7人のベトナム人は、同校の張永勝・理事長らに損害賠償を求める訴えを起こしている。

 なぜ、 「日中」 を名乗る専門学校にベトナム人留学生が在籍し、定員超過の末に退学という事態が起きたのか。 この事件には、日本語学校から専門学校、さらには大学にも広がる偽装留学生ビジネスの闇が象徴されている。

 「読売新聞」 の調査(2018年10月8日朝刊掲載)によれば、留学生の割合が9割以上という専門学校は全国で少なくとも72校、学生全員が留学生という学校も35校に上っている。 日中文化芸術専門学校も9割以上が留学生だった。

 日本語学校の関係者と話すと、専門学校の 「営業」 に関する話題がよく出る。 少子化で学生不足に陥った専門学校が、日本語学校を回って営業し、留学生の受け入れで経営難を凌ごうとしているのだ。 首都圏の日本語学校経営者はこう話す。


手数料ビジネスで留学生を 「売買」
「日本語が全くできなくても留学生を入学させる専門学校はいくらでもあります。 私たち日本語学校に対し、専門学校側が確認するのは、留学生の出席率と学費の滞納があるかどうかだけ。 学校から失踪せず、きちんと学費を払う学生なら誰でも入学を認めるのです」
 日本国内の日本語学校を卒業した留学生は、語学力が問われず専門学校や大学に入学できる。 つまり、日本語の全くできない偽装留学生であろうと、学校側が認めれば進学も可能なのだ。

 留学生の入学が決まれば、専門学校から日本語学校へ 「手数料」 が支払われるケースもある。 日本語学校は海外から留学生を受け入れる際、送り出し国のブローカーにキックバックを払っている、 そのぶんを専門学校からの 「手数料」 で取り返す。 こうしてブローカーから日本語学校、さらには専門学校へと、留学生たちが 「売買」 されていく。

 かつて文部科学省は、専門学校における留学生の割合を学生全体の50%以下にするよう定めていた。 だが、その規制は2010年に撤廃された。 08年に 「留学生30万人計画」 がつくられ、政府ぐるみで留学生を増やし始めた影響だ。

 留学生が50%を超える専門学校に対しては、今も所轄の都道府県から指導は入る。 しかし、 「日本人の学生を集める努力はしている」 と答えれば、それ以上は咎められない。 結果、留学生頼みの学校は増える一方だ。 留学生が学生全体の9割以上を占める関西地方の専門学校幹部が言う。
「問題となった日中文化専門学校は、営利目的で大幅な定員超過をやっていました。 それはさすがに行政も見逃さなかった、しかし、留学生を大量に受け入れている学校の実態は、うちも含めてどこも似たようなものですよ」

一度受け入れると戻れない 「禁断の果実」

 ちなみにこの幹部の学校も日中文化芸術専門学校と同様、経営者は在日中国人だ。 幹部のもとには、留学生の受け入れを思案している専門学校から相談が届く。 日本人の学生不足がとりわけ深刻な介護関連の専門学校からの問い合わせが多いという。
「留学生たちは出稼ぎ目的で、ビザ更新のためだけに専門学校に進みます。 勉強する気などない。 そんな留学生を受け入れれば授業の質は落ち、日本人の学生はさらに減ってしまう。 学校にとって留学生は “禁断の果実” なんです。 ひとたび受け入れれば、後戻りはできない。 相談を受けた際には、そう説明するようにしています」
 偽装留学生の受け入れによる定員超過は、 「留学生10万人計画」 の時代にも似たような事件があった。 最も知られているのが2001年に発覚した 「酒田短大事件」 である。

 当時、東京の都心に 「サテライトキャンパス」 と称する分校を構える地方の短大が目立った。 偽装留学生を受け入れたくても、地方にはアルバイト先が乏しい。 そこで都心に形式的な 「キャンパス」 を設け、出稼ぎ目的の偽装留学生を入学させていた。

 なかには定員を大幅に上回る留学生を受け入れる短大もあった。 その1つが酒田短大で、受け入れられていた中国人たちは大学に籍だけ起き、不法就労に励んでいた。

 事件の発覚で、酒田短大は03年に廃校に追い込まれた。 だが、その後、当時の経営者は専門学校の運営に乗り出した。 そしてこの学校は現在、ベトナムなどの偽装留学生で溢れている。 偽装留学生ビジネスには、ひとたび手を染めれば抜けられない旨味があるのだろう。


ずさんな体制は、上場企業が運営する学校でも

 留学ビザは、日本でアルバイトなしに留学生活を送れる経済力のある外国人に限って発給される建前だ。 留学希望者にはビザ申請時、親の預金残高や収入を示す証明書の提出が求められる。 貧しいアジア諸国の人々にとっては、よほどの富裕層でなければクリアできないハードルだ。

 そこで留学希望者はあっせんブローカーを介し、預金残高などで 「でっち上げ」 の数字が記された証明書を準備する。 アジア諸国では、賄賂さえ払えば銀行や行政機関であろうと、捏造数字の並ぶ “本物” の書類を作ってくれる。 そんな書類を日本政府は黙認し、留学ビザを発給し続けている。

 もちろん、留学生の日本での入り口となる日本語学校も事情はよく分かっている。

 日本語学校の実態は驚くほどずさんだ。 単に営利目的で偽装留学生を受け入れるだけでなく、パスポートや在留カードの取り上げといった人権侵害も当たり前のように横行している。 学費を払えない留学生が、学校から失踪するのを防ごうとしてのことだ。

 東京都内の日本語学校で留学生のパスポート取り上げが起きている証拠をつかんだ。 しかもこの学校は、東証1部上場企業が運営する、れっきとした大手の日本語学校なのである。




( 2019.11.25 )

   


 法務省出入国在留管理庁が10月25日に発表した統計によれば、在留外国人の数は今年6月末時点で282万9416人に達し、過去最高を更新した。 昨年末からの半年間で10万人近い増加である。

 増加分の4割以上を占めたのがベトナム人だった。 その数は37万1755人に達し、2012年末からの6年半で7倍以上も増えている。 国籍別で中国の78万6241人、韓国の45万1543人に次ぐ数で、近い将来、韓国を抜く可能性が高い。

 在留資格別では、 「技術・人文知識・国際業務」 (技人国ビザ)が13.6パーセント増えて25万6414人、 「技能実習」 が12パーセント増の36万7709人となった。

 技人国ビザは日本で就職する留学生の大半が取得する。 また、同ビザを得て海外から来日する外国人も増えている。 そして実習の増加は、単純労働における人手不足があってのことだ。

 一方、今回の統計には、1つの変化も見られた。 昨年末までの6年間で16万人近く急増していた留学生が減少に転じ、33万6847人に留まった。 減少幅は150人強ほどに過ぎないが、近年の急増ぶりと比較して際立つ。

 留学生の増加が続いていたのは、アジアの新興国から出稼ぎ目的の “偽装留学生” が大量に受け入れられた結果だった。 そして今回の減少には、入管当局が一部新興国の出身者に対し、留学ビザの発給を厳しくしたことが影響した。 今後、 “偽装留学生” の流入は止まっていくのだろうか。


入管庁の 「厳格化」 方針

 “偽装留学生” をめぐっては、今年3月に東京福祉大学で 「消えた留学生」 問題が発覚した。 過去1年間だけで、約700人もの留学生が所在不明になっていた不祥事だ。 その後、政府は対応策を打ち出している。

 まず、入管庁が6月、留学生を受け入れた専門学校や大学への監視強化策を発表した。 文部科学省と共同で作成した <留学生の在籍管理の徹底に関する新たな対応方針> である。 「除籍」 や 「退学」 の留学生を多く出し続けた専門学校や大学には、留学生の受け入れを認めないのだという。

 続いて8月には、日本語学校に対しても監視を強化する方針が打ち出された。 日本語学校が留学生を受け入れるためには、法務省の 「告示校」 となる必要がある。 その基準を厳しくしたのだ。

 入管庁の方針に関し、大手紙は見出しでこう伝えた。

 〈日本語学校を厳格化 9月から新基準 悪質校を排除〉(2019年8月1日『日本経済新聞』電子版)
 〈日本語学校の設置基準を厳格化へ 就労目的の来日防ぐ〉(2019年8月31日『朝日新聞』電子版)

 日本語学校は留学生にとって日本の入り口だ。 留学生の急増によって、最も恩恵を受けたのも日本語学校である。 その数は近年急増し、大学をも上回る約750校にも上っている。 ただし、営利目的で “偽装留学生” を受け入れ、 「教育機関」 とは程遠い実態の学校も数多い。

 そうした実態を入管庁が認識し、対策に乗り出すのであれば望ましい。 問題は、新たな基準によって 〈悪質校を排除〉 でき、 “偽装留学生” の 〈就労目的の来日〉 が防げるのかという点だ。


名ばかりの 「厳格化」

 法務省は今回、日本語学校の告示を取り消す基準として、主に以下の2点を追加した。
在籍する留学生の6カ月間の出席率が7割を下回った場合。
卒業生のうち、進学か就職するか、もしくは日本語能力「CEFR・A2」相当以上と認められる留学生の割合が3年連続で7割を下回った場合。
 こうした新基準の実効性はどうなのか。

 留学生の出席率については、これまでの 「1カ月間の平均出席率が5割」 から引き上げられた。 日本語学校の授業は週20時間で、クラスは午前もしくは午後のみしかない。 授業には、夜勤アルバイトに追われる “偽装留学生” であろうとたいていは出席する。

 出席率の低さは留学生の失踪につながるため、日本語学校は最も注意を払う。 失踪者を多く出せば、入管当局から目をつけられ、新入生の受け入れに悪影響が出るからだ。 学校側が先手を打ち、出席率に問題のある留学生を母国へ強制送還してしまうケースも横行している。 だから留学生も強制送還を恐れ、出席率は維持しようと努める。

 しかも、留学生の出席率は日本語学校からの自己申告だ。 日本語学校には、 「出席」 を留学生に 「売る」 ような学校もある。 留学生が学校に金を払えば、出席扱いにしてくれるのだ。 こうした現状から考えて、出席率に対する監視の強化が、日本語学校の 〈厳格化〉 につながるとは思えない。

 卒業生の7割に 「進学」 か 「就職」、 「CEFR・A2」 相当以上の日本語能力を求めるという基準はどうか。

 日本語学校にとって進学者を増やすことは難しくない。 留学生の日本語能力を問わず、学費さえ払えば入学を認める専門学校や大学はいくらでもある。

 就職に関しては、数年前までは日本語学校を卒業した後、大学などを経ず日本で職に就く留学生は珍しかった。 しかし最近では、日本語学校から直接就職する者が増えている。

 日本の大学や専門学校を卒業していなくても、母国の 「大卒」 という資格があれば技人国ビザの取得は可能だ。 もちろん、なかには日本語学校で語学を習得し、母国で学んだ専門知識を活かせる仕事に就く外国人もいる。

 だが、日本語学校生の間では “偽装就職” が増えている。 技人国ビザで認められたホワイトカラーの仕事に就くよう偽って資格を取得し、実際には工場などで単純労働に就くというものだ。 数十万円の手数料さえ払えば、仕事の斡旋からビザ取得までブローカーが担ってくれる。 進学と同様、就職者が多くても、日本語学校の質とは無関係だと言える。

 では、卒業生に一定の日本語能力を求めることは、学校運営の 〈厳格化〉 につながるのか。

 今回の改定には、日本語能力の判定に 「CEFR・A2」 という馴染みのない基準が導入された。 「CEFR」 は 「Common European Framework of Reference for Languages」 の略で、日本語では 「ヨーロッパ言語共通参照枠」 と訳される。 「CEFR」 の 「A2相当以上」 とは、いったいどれほどの語学力なのだろうか。

 入管庁によれば、判定には6つの外部試験が用いられるという。 そのなかで最も一般的な日本語能力試験では、 「N4以上」 が 「CEFR・A2」 に相当するとしている。 日本語能力試験にはN1からN5まで5ランクがあるが、 「N4」 は下から2番目の初級レベルに過ぎない。 専門学校や大学への入学で目安となる 「N2」 より2ランクも下だ。

 留学生は日本語学校へ入学する際、 「N5」 レベルの日本語習得が求められる。 そして日本語学校には通常、1年半から2年間にわたり在籍する。 1年半以上の勉強の成果を測る基準が 「N4」 というのは、いかにも低い。

 ちなみに、ベトナムから経済連携協定(EPA)で来日する看護師や介護士の場合、1年間に及ぶ現地での語学研修中に 「N3」 を取得しなければ来日が認められない。

 しかも、 「N4」 の日本語を身につけた卒業生が、進学や就職した者と合わせて 「7割」 に達していれば、日本語学校は新基準をクリアできる。 果たしてこれで、大手紙が記事の見出しに掲げる 〈厳格化〉 と呼べるのだろうか。


単なる 「アリバイ作り」

 それにしても、なぜ 「CEFR・A2」 だったのか。 わざわざ欧州の基準など引っぱり出さなくても、 「N4相当以上」 とすればすむ。 敢えて 「N4」 を避けたのは、 〈厳格化〉 の中身のなさを隠したかったのではないかと疑ってしまう。

 「CEFR・A2」 の導入は、文科省の有識者会議を経て決まった。

 会議のメンバーは5人で、日本語学校経営者が2人、日本語教育を専門とする大学名誉教授が2人、残りの1人が文科省傘下の独立行政法人 「日本学生支援機構」 (JASSO)幹部という構成だった。 学校経営者はもちろん、日本語教育の専門家やJASSOにしろ、皆、日本語学校業界の 「身内」 である。 そして 「留学生30万人計画」 の現状肯定派ばかりだ。

 有識者会議では、
〈外部試験を受けない生徒の日本語能力が把握できるよう、各日本語教育機関が実施する学内試験等を活用することの可能性について引き続き検討する必要がある〉
 との意見も出ている。 「CEFR・A2」 の判定を外部試験に頼らず、日本語学校の内部評価に任せよというのだ。

 入管庁に確認すると、

 「現時点で日本語教育機関における内部の評価等を用いることは予定していません」(同庁在留管理支援部在留管理課)

 とのことだが、文科省の意向次第では、今後どうなるか怪しい。

 文科省による 「外部試験」 導入に関しては、日本人の高校生に対する英語でも最近問題となった。 英語の外部試験導入は世論の反発で延期されたが、高校生と同様、留学生にとっても負担はある。 日本語学校が教育機関として機能しているならば、 〈学内試験の活用〉 があっても何ら問題ない。 しかし、内部評価が信頼できない日本語学校は数多い。 そもそも日本語学校に問題が多いからこそ、今回の 〈厳格化〉 も導入されたのだ。

 本来であれば、日本語学校の運営基準に卒業生の日本語能力を課すことはおかしい。 日本語学校とは、様々な目的を持った外国人の受け入れ先となる存在だ。 日本での進学や就職を目指していない外国人も受け入れ対象となる。 海外の語学学校に留学する日本人にも、単に遊学目的の人がいるのと同じである。 にもかかわらず、低レベルの基準を導入して 〈厳格化〉 をアピールするのは、単に 「アリバイ作り」 が目的だとしか思えない。


これまでと変わらず

 入管庁と文科省が共同で6月に発表した 『留学生の在籍管理に関する新たな対応方針』 では、冒頭でこう強調されている。
〈我が国での就労を目的とする留学生を安易に受入れることは、留学生本人の不利益につながるとともに、(中略)適正な留学目的で来日する留学生も含めた、留学生制度全体の信頼・信用の失墜につながる。〉
 それはまさに繰り返し強調してきたことである。 しかし、政府の本気度は疑わざるを得ない。

 同方針には、大学の非正規・別科や専門学校に対し、
〈大学入学相当(日本語能力試験N2相当)の日本語能力を入学時に求めているかについて確認、法務省に通告〉
 とある。これは大学や専門学校が入学を認める留学生に対し、 「N2相当」 の日本語能力を求めるという意味なのか。

 文科省高等教育局学生・留学生課に尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「大学(非正規・別科)や専門学校の全課程に一律にN2相当を条件化するわけではありませんが、大学レベルの教育を日本語で行う課程等は、原則N2相当を求める方向で検討中です」
 小難しい言い回しだが、要はこれまでと変わらず、日本語能力に関係なく大学や専門学校が留学生を受け入れることを認めるわけだ。

 『 「文科省」 「入管」 「自治体」 「学校」 ブータン留学生を食い物にする 「日本」 の罪』(2019年9月5日)で取り上げた上野法科ビジネス専門学校のような学校も、今回の方針で影響を受けることはないだろう。

 東京福祉大で 「消えた留学生」 問題が発覚し、政府は対応を迫られた。 そして実効性に乏しい 〈厳格化〉 の政策を打ち出し、事を収めようとしている。

 過去数年間のような “偽装留学生” の急増こそ、今後は起きないかもしれない。

 かといって、政府には彼らの流入を完全に止める意思もなさそうだ。 日本語学校や一部の専門学校、大学に配慮してのことである。 その政策は、将来の日本にとって本当に有益なものなのだろうか。


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