」 

 半年ほど前のことである。 東京のJR・山の手線の渋谷駅で、20歳前後の女性が人混みの中、くわえタバコでプラットフォームにやってきた。

 注意をしようとした時、ちょうど電車が入ってきた。 声をかけた途端、その女性はキッとこちらをにらみつけ、火を付けたままの煙草をフォームに投げ捨てて、やってきた電車に飛び乗ってその場を去ってしまった。

 今さら、こうした問題を改めて取り上げるのも気が重いが、日本の一般市民、特に若年層の公衆マナーの悪さが目に余る。 電車の中で、注意書きの掲示があるのに携帯電話で大声で話す。 か、と思えば座席を必要以上に占拠する。

 老人や身障者など弱者優先の座席は、外国では滅多に見ることの出来ない日本独特の社会互助制度だが、完全に無視された格好だ。

 満員電車の中で、目の前にいる他人のヘッドフォンから洩れてくる 「 シャカ、シャカ、シャカ …… 」 という音は、本人だけ楽しい音楽の世界に耽溺することができるが、回りの人たちには不愉快な雑音以外の何ものでもない。

 公衆の面前であることなどおかまいなく、個室と同じ感覚で化粧をする。 所かまわず男女が抱き合いイチャつき、キスをする。 路上、乗物を問わず、至る所でハンバーガーやフライドポテト、おにぎりなどを頬ばる。 ペットボトルを傾げる。 それらの食べ残しや空きカンなどは、車内や駅のベンチに置きっ放し。

 10代半ばの、明らかに未成年の少年少女が、他人の迷惑など無関係とばかり、通路、階段など、どこにでもしゃがみ込む “地べた座り” で飲み食い、大声で談笑している。 などなど ……。

 業を煮やした東京都が、もうこのままでは看過出来ない、中央政府 ( 国 ) がやらなければ、東京が独自にやる、と遂に立ち上がろうとしている。

 『 公共空間での不快行為の禁止に関する条令 』 という、新たな規則を制定してはどうか、と専門家等を交えて検討を始めよう、というものだ。 この迷惑禁止条項には罰則規定も設けて、程度によっては罰金刑を課そうという案も浮上している。

 「 そこまでしなくても 」 という声もあるが、 「 そこまでしなけれぱ 」 という事態に至っているから、と現状を憂う声が多いのは事実だ。 詳しい内容はこれからだが、その効果が期待されている。

 ヨーロッパ系のH記者はいう
「 公徳心や倫理観は、わざわざ法律や条令などによって規制しなけれぱならないものではないと思います。

 社会生活上のさまざまな 『 決め事 』 を、予め定めて置こうというのが法律ですが、それは公徳心、つまりマナー( 風俗、習慣に基ずく行儀作法 )やモラル( 道徳的、良心的な行ない )を前提にして、その範囲を超える事項について、想定される基準を示しているのだと思います。

 ですから、人々がお互いに通常の倫理観や公徳心をもって生活している限りは、敢えて法律で規制しなければならないような社会的間題は、起こらないと考えるからです。

 しかし、その公徳心が欠如したり、年代や生活環境によって 『 常識 』 の価値観に相違があるような場合は、相互の間に乖離があるため、一方の行状に対して、もう一方の側が受け入れがたい違和感を持って接する人たちも多いのでしょう。

 日本の多くの若者たちは、なぜか申し合わせたように折角の黒髪を黄色や茶色に染めています。 欧米人への羨望でしょうか。 男女を問わず、耳や鼻はいうに及ぱず、唇、舌、眉にもピアスをぶら下げている人たちも大勢います。

 そして、特に女性は原形不明の異様なまでの化粧を施し、色彩感覚が混乱しそうな布切れを身に纏ったり、穴だらけのパンツでへそや尻の一部を露出して、昼夜を問わず繁華街を徘徊しています。

 それにしても、彼女たちは、どうして手に入れることが出来たのか、小脇には高価なブランドのバッグを抱えています。 日本の都会で彼らを見かけることは、コカコーラの看板を見付けることより簡単なことです。

 そして彼らは、口を揃えて 『自分の自由だ、誰にも迷惑などかけていない、誰からも文句を言われたくもない、言われる筋はない』 と言います。 また、固くそう信じているのです。

 もっとも、それらはごく一部の若者かも知れません。 しかし、そうした若者たちを街中で見かけるのに、全く努力を必要としないで済むことは、他の東南アジアの諸国と比べても、日本だけが突出しています。

 フランスやドイツなどヨーロッパの諸国にも、外観だけはよく似た若者はそれなりにいます。 しかし、ヨーロツパ諸国では、いま彼らを法律や条令によって取り締まらなければならないほど、切迫した環境ではありません。

 日本の文化、慣習などとヨーロッパのそれとは、当然のことですが異なるところも多く、一概に同じ基準で比較はできません。 が、すくなくともEUの社会を構成する一員としての必要な教育は、小、中学校の段階で徹底して行なわれていると思います。

 法律は守るべき最低の基準を示すものですから、法に定められていないからといって、何をしても許される、というものではありません。 法律の及ばない範囲の事柄は、倫理と公徳心によって行動しなければならないことを小さい時から十分理解する必要があります。

 また、学校以外の家庭や社会全体の “しつけ” も、モラルの形成に大きく関与しているはずです。 さらに、近年は希薄にはなりつつある、との見方も一部にはありますが、宗教的な社会背景も見逃すことは出来ません。

 東京都は 『 何とかしなけれぱ 』 と思っているのでしょうが、都が条令を検討すると並行して、もう一度、教育の現場や家庭で 『 そのために必要な何か 』 が、今果たして 『 どのように行なわれているか 』 を検証する事が大切なような気がします 」