『デ


 最近ヨーロッパから日本に赴任してきた友人が、大げさに自分の耳を両手で塞ぎ、私にこう言った。

 「 君はデパートの地下売り場へ行ったことがあるか。 食料品を専門とするマーケットで 『 デバチカ 』 と称して有名なので行ってみたが、あんな騒々しい所で、よく落ち着いて品物選びが出来るもんだと思うよ。 日本には騒音禁止法はないのだろうか、もしあるとすれば、どうして 『 デパチカ 』 には適用されないのだろうか 」

 改めて指摘されてみると、確かに 『 デパチカ 』 はどこもうるさい。 日本に長期滞在しているわれわれは、すでにそれだけ慣れてしまって麻痺してしまっていたのだろうか。

 それらの多くは都心にあるデパートだから、一応の広さはあるものの、天井も低くいわば密室に近いビルの地下売り場である。 でも、そこに並べられている品物は品質、種類ともに申し分なく揃っている。 どの 『 デパチカ 』 も申し合わせたように大差はない。

 生鮮食料品から世界の多くの国の食品や酒類に至るまで、高級贈答品も含めて殆どの食料品はそこで手に入れることが出来る。 非常に便利は良い。 ただ、一歩中に入ると、客はいきなり喧噪の渦の中に引き込まれる。

 男女の販売員の客を呼び込む声が飛び交う。 それは単に宣伝文句で消費者を誘うといった生易しい声ではない。 声を枯らしての叫び声である。 それぞれの売り場が大声を張り上げて、てんで勝手に叫んでいるために、それらは複合音となって “地下の密室” にこだましてワーッンと響くのだ。

 日本人でも、それぞれが一体何を叫んでいるのかよく聞き取れないくらいだ、というから、日本語がよく解からない外国人にすれば、一体何を叫んでいるのか、まるでどなられているような錯覚で、一種の恐怖感さえ覚える程だ。

 北ヨーロッパ系のY記者はいう
「 日本の街の騒音は 『 デパチカ 』 などで驚いていては始まりませんよ。 東京では一番騒々しい街の一つ、渋谷を始め、新宿、池袋、上野など山の手線内はもとより、デパートが出店している近郊の街も決してその例外ではありません。

 これらの街はどこでも地上も地下も、騒音で満ちあふれています。 屋外広告のビデオから流される大音量の音楽を始め、家電製品や薬局、日用品等の量販店などがそれぞれ声を枯らして叫んでいます。

 それらの呼び込みのラウドスピーカーが、互いに他所に負けてはならないと、より大きな声で張り合うのですから、互いに重複し合って相乗効果を生み、それらは一大騒音となっているのです。

 肝心の宣伝の内容もよく聞き取れませんから、かえって逆効果だと思うのですが。 それに加えて、政治団体や結社といわれるグループの街頭演説、献血を求める声、宝くじや携帯電話の販売、消費者金融の宣伝など、騒音の元は限りがありません。

 街中で、特にヨーロッパとの相違を感じるのは、鉄道の駅構内等での案内放送です。 とにかくうるさいのです。 日本の電車のアナウンスは。 ベルが鳴ったり、やや奇妙な音楽やチャイムが流れたりします。
『 何番線に何処行きの列車が来る 』
『 危ないからプラットフォームに書かれてある白線から下がって待て 』
『 何両編成で来るから足下の乗車番号で確かめろ 』
『 ドアが開いたら、降りる人が済んでから押し合わずに順序よく乗れ 』
『 乗ったら車内の中まで進め 』
『 座席は譲り合って座れ。 高齢者や障害者には優先席を譲れ 』
『 立っている人はポールか吊革をしっかりつかめ 』
『 ドアが閉まるから指等を挟まれないように気を付けろ 』
『 発車時間ギリギリに急いで駆け込んでくるのは危険だからやめろ 』
『 駅構内や車内に不審なものがあれば係員に報告せよ 』
 これでは幼稚園児か小学生に対する注意です。 日本の市民はそこまでいちいち “指導” されなければ危険から守れないのでしょうか。

 ところで、 『 デパチカ 』 の魚や野菜等生鮮食品の売り場では、一体何と言って叫んでいるのか、興味があるので日本の友人に聞いてみました。 一番多いのが 『 ゴリヨウ、ゴリヨウ、ゴリヨウ 』 ( ご利用 ) の連呼だそうです。

 『 利用 』 というのは、元もとは “機会を捉えて有効に使う” という意味だそうですが、つまり 『 どうか、この機会にこの商品を買って食べてみてください 』 という意味なんだそうです。

 それにしても、あの騒々しさの中で、ゆっくりとショッピングが出来るまでの雰囲気に慣れて、騒音にも “麻痺” するためには、相当の時間と経験が必要でしょう 」