増加する少年犯罪
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 少年の犯罪が増えている。 それも年々低年齢化の傾向を見せている。 強盗、殺人、暴行、窃盗、恐喝、傷害、売春、放火と、刑法の条文をすべて総舐めにしている。 目に余る違法ぶりを示している。 新聞の社会面を開けば、この種の記事は連日のように目に飛び込んでくる。

 最早、その数も成人の犯罪者を凌ぐ勢いだ。 東京警視庁だけでも、昨年の東京都内の刑法犯少年の検挙人数は、13,950人を数えている。 このうち殺人や、強盗などの凶悪犯の検挙人数は1997年以降、7年連続で200人を超えている。 繰り返すがこれは東京都内だけの数字である。 全国都道府県を合わせると、どうなるか、まさに深刻な状況だ。

 

 彼らはゲーム機と対面した孤独な空間で、イメージを膨らませてきたために、仮想と現実との区別が付かないまま、身体だけが成長している。 すべてに実社会での “手加減” や “駆引き” を知らないから、平気で人を殺してしまう。 そこには罪悪感のかけらも無い。 万引きやかっぱらいなどは、彼らにとっては日常茶飯事の行為である。 着るものや身に付けるもの等、欲しいものはすべて店頭から無断で持ってくるものと考えている。 盗むという感覚ではない。 ゲーム感覚である。

 そこには何の躊躇も反省も無い。 あるのはただ一種のスリルと満足感だけだ。 不景気とはいえ、家庭が貧しいために、食うものも食えないという環境等のナセルわざではない。 周りが何も言わないから、ただ彼らは思うままに生きてきただけだ。 職を失ったホームレスでも、今は飽食の時代、賞味期限切れのおこぼれや善意の炊き出しとかに頼れば何とか生きていける。

 このおじさんたちの多くは、世をはかなんではいるが、直ちに人を殺傷したり、暴力を振るうようなことには結び付かない。 善悪のけじめは一応心得ている。 いや、逆に弱者である彼らが、訳もなく心ない若者たちの暴力の被害者になっているのだ。 家出同然のようにして繁華街をうろついている少年少女たちは、最低の是非も解からないものが多い。

  誘惑や欲望には極めて弱いから当然金には逼迫する。 だから、 金がなければそこにあったものを黙って持ってくるか、 誰か自分よりも弱いと思う者から奪うだけだというのだ。 “援助交際” というヘンナ言葉がある。 「誰にも危害を与えていない。 むしろ相手が喜んでくれる。 私が私の身体をどうしようと私の勝手でしょ」 が売春少女の理屈である。 野良犬や野良猫と同じ行動感覚の持ち主であり、 すべて法やモラルとは縁の遠い凶悪犯罪に至る予備軍である。

 中部ヨーロッパ系のW記者は言う
「 少なくとも先進国と言われる中で、残念ながらこれほど若者のビヘイビア( 考え方や言動 )が頽廃しつつある国は他にはないでしょう。 特に東京の渋谷や、新宿などの繁華街に集まる大勢の若者たちは、何が魅力で、何を目的に歩いているのだろうかと思いますよ。

 ウイークデイの昼間ですから、学校の授業のある時間の筈です。 にも拘らず、ユニフォームを着ていますから一見したところ、女子高校生と思われますが、あちこちでよく見かけます。 彼女たちは申し合わせたように揃って同じ外観をしています。 黄色く染めた髪に付けまつげの濃い化粧をしていますから私にはみんな同じ 『クローン人間』 に見えます。 短いスカートにダブダブの白いソックスを履いています。

 不釣合いなイヤリングに、首には長い毛糸か、バーバリ調の縞模様のマフラーを巻いています。 肩には色んな飾り物をぶら下げたブルーの鞄を担いでいます。 果たして教科書が入っているのかどうか解かりませんが。 中にはルイ・ヴィトンのバッグを持っている子もいます。 そして手にはケータイ電話です。 ストラップの先にはジャラジャラと沢山の飾りが付いています。

 日本独特の “文化” とは言え、同じ自由主義を唱えるヨーロッパですが、ちょっと街中で見ることの出来ない光景です。 彼女たちの多くが性病に罹っていると報道されています。 不特定多数の異性との性交渉による結果に他なりません。 そうした知識も充分持たないまま、ディプレイブド( 堕落した )世界に、次第に入っていってしまうのです。

 夜も24時間営業の店が集蛾灯のように明るく、朝まで人の姿は絶えません。 クラブという溜まり場では物に憑かれたように若い男女が踊り狂っています。 アンフェタミン系の幻覚剤エクスタシーの蔓延も指摘されています。

 国が政策を誤り、経済や文化が未成熟なために、社会が混乱しているとでも言うのならともかく、少なくとも経済先進国の日本です。 お金も物も充分あります。 いや、逆にあり余っているから、いけないのかも知れませんねえ。 日本は、憲法で軍隊を持たない( 戦力を保持しない )と明記していますから、自衛隊は表向き軍隊ではないので、徴兵制はありません。

 が、ヨーロッパではドイツもイタリアも軍隊を持っています。 永世中立のスイスも強力な軍隊を保持しています。 それぞれの国の青年男女は一定期間、そこで規律ある集団生活をして、心身を鍛えます。 戦争をするための準備ではありません。 国家・社会への奉仕の精神を学ぶのです。 希望によってはその他の社会奉仕活動もあります。

 国民としての社会的な義務と責任を自覚するのです。 日本でこんなことを言い出すと、すぐに反対運動が起きることが予想されます。 規律のある集団教育が反対なら、他の案を出して頽廃を防ぐ方法を考えるべきだと思うのですが ……

 北ヨーロッパ系のW記者はいう
「 この何十年間に、日本で怠ってきたのが人間社会にあるべき訓練ではないかと思います。 非道徳的な行為に対しても、彼らに対して警察官や教員など大人たちは、 『 少年 』 というだけで、まるで腫物に触れるように、出来るだけ当たり障りの無いような扱いをしがちです。

 少子化の影響かどうか解かりませんが、彼らは大事に育てられ、あまり忠告や苦言も聞かずに過ごしてきたのです。 大人と社会を見くびっているかのようです。 悪知恵の発達した彼らは、逆に少年であれば法律上の恩典があることを逆手に取って、悪行を働くのです。

 日本以外の国々でも、もちろん、どこにでも不心得な若者が見られますが、先進国では、周りの社会が決してそれを許しません。 もちろん悪いことをした者は厳罰に処せられます。 日本の場合、TVや新聞もやや腰の引けた報道ぶりが見られます。

 先日もマンガ本6冊を万引きした15歳の少年を店の人が警察に通報、警官が警察署に同行しようとしたところ、少年は突然逃げ出し、遮断機の閉まっている踏切りを潜り抜けて、電車にはねられて死亡した事件がありました。

 ある新聞は社会面四段抜きで 『 通報に非難、書店は閉店 』 と大きな見出しでこの事件を報じました。 もっとも通報したことも正しいとする意見も寄せられたので、店長は悩んでいる、ということも付け加えられていました。 これでは何が正しくて、何が悪いことなのか一向に解かりませんよ。

 また、TVなどでも無法な暴行を繰り返す彼らの顔にはボカシを入れています。 音声も波長を変換しています。 名前も住所も明らかにはしません。 もう、いい加減、 『少年』 の概念を改正してはどうですか。 もちろん、彼らの更生を図ることは大事なことで、賛成です。 しかし、それは決して彼らを甘やかすことではありません。

 ことの善悪をよく理解させ、反省と悔悛によって社会に復帰出来るための訓練と教育をキッチリ受けさせるべきです。 大多数の善良な市民の安全よりも、一人の無法な若者の人権を守ることの方が大事だとは思いません。

 暴徒である彼らに、何故もっと厳しく将来を戒められないのでしょうか。 良くない行為を正すには、その芽が小さければ小さいほど効き目があるのです。 家庭や学校、そして社会全体が、何故基本的な教育や啓蒙活動が出来ないのでしょうか 」