さきにJR福知山線で起きた事故の原因の一つとして、過密ダイヤと 「 定時運転に戻すための回復運転 」 が挙げられていた。 日本の鉄道は諸外国の鉄道と比較しても、ダイヤグラム( 列車の運行時刻表 )の過密度が高く、時間的制約に厳しい、とされている。

 運行時間の遅れ等の原因に、駅での停車時間の遅れが挙げられている。 定められた時間内にドアの開閉作業をスムースに行なって、所定時間をオーバーしないように乗降客の動向を見極めて、タイミングよくドアの開閉を行なうのも車掌の腕にかかっている、という。

 今月上旬、JR中央線の国分寺駅で、発車寸前の東京行き快速電車に、閉まりかけたドアを無理矢理にこじ開けて、乗り込んだ男性の乗客がいた。 世界で最も人口の密集している東京都である。 朝の通勤時などには、何処の駅でもよく見かけられる情景である。

 列車の最後尾から、乗降客の動きを注視していたその列車の車掌が、発車直後、次のように車内アナウンスをした。

 『 駆け込み乗車は非常に危険です。 大怪我をすることになります。 そのために怪我をしても、それはそちら( 乗客 )の責任です! 』

 実際に、駆け込み乗車で怪我をする例は後を絶たない。 また、大事故になり兼ねない例は多い。 ドアに挟まれて転倒、プラットフォームと車両の間に落ち込んで引きずられたら骨折程度では済まないだろう。

 また、衣類の一部がドアに挟まれて、引きずられて転倒、最悪の場合は一命を失う場合もあり得る。 ところが、この車内放送を聞いた別の乗客がJR東日本( 株 ) に抗議した、というのだ。

 抗議を受けた同社では、「 言葉に配慮が足りなかった 」 とその車掌を 『 指導 』 した、といわれる。 その抗議の詳細な内容は正確にはわからないが、これも、どうも先のJR西日本( 株 ) の福知山線の事故と、あながち無関係ではなさそうな気がする。

 『 事故を起こしたJR同志の仲間が、客に自己責任を押しつけるような言い方をするのはけしからん 』 とでも言うのだろうか。 また、JR側もこのタイミングでいたずらに騒ぎを大きくしたくない、という配慮も手伝ったのかも知れない。

 お互いに安全運転に対して、ややセンシティブ( 過敏 )になってきているのも事実のような気がする。 人口密集地域の列車のダイヤグラムは、その需要を満たすことに応えるためのものでもある。 と同時に、安全性もおろそかにしてはならない、というのはいうまでもない。

 公共性と安全性とは自ずから別問題としてとらえなければならない。 JR東日本ではこの 『 事件 』 に関して、 「 乗客の安全を守る立場として、車掌の表現としては不適切な言葉だったという認識 」 で、今後も教育指導していく方針だという。

 中部ヨーロッパ系のR記者は言う
「 人と人との交わりで、日本の文化には、はっきりものを言わない “まあまあ主義” があります。 これは同一民族の社会に起因していることだと思いますが。

 例え、自分の行為に正当性がある場合でも、立場が悪くなくても、まずへりくだって下手したてに出ます。 相手の気持ちを冷静に落ち着かせ、できるだけ穏便に、事を荒立てずに、事態を “丸く納めよう” とするのです。

 ですから、この車掌のように直接的な言い方、注意の仕方は、どちらかというと、欧米の文化的発想なんです。 ズバリ、的確に表現することが、きつく厳しく受け取られるのです。

 この車掌の言っていることは至極当然なことで、何も後ろめたい事はありません。 いや、むしろ周りの人たちの安全を脅かし兼ねない、危険を予防する上で、当人に注意を促したことは、賞賛されるべき事なのです。

 ただその言い方が、緊急性からか、日本文化には少し馴染まなかったのかも知れません。 また、他人から注意されたり、叱責されることに慣れていないのも、現代の日本人社会の特徴かも知れません。

 その一方、他人を許容する度量の広さを失い、何にでもすぐカッとなる現代社会の矛盾する一面を覗かせた出来事なのかも知れません。 それにしても、日頃から感じていることですが、日本の駅の構内や電車の中等でのアナウンスは少し多すぎます。

 うるさ過ぎます。 余計な事を喋り過ぎています。 必要な時に必要なことを言えば、それでよいのではないでしょうか。 いちいち、ドアの開け閉めや、電車の乗り方に関してまで、こと細かに乗客に注意、指導をしなければならないほど市民のレベルが低い国だとは思いません。

 その上、ハッキリと自己責任に起因するような問題についてまで、いちいち指摘されなければならないのは、少し情けないような気がします。

 自己中心主義と主張だけが一人歩きをして、社会を構成している市民の概念やモラルの欠如が問われても仕方がないでしょう。 欧米のように、まず第一に、自己の責任を考えて行動する習慣が希薄なような気がします。

 自分の都合で、無理矢理に駆け込み乗車をしたために、死傷事故を起こしたり、列車の運行に支障を来たすなどは反社会的な行為と見なされ、糾弾されます。 また、条件が悪ければ、場合によっては莫大な損害賠償もつきまとうことを忘れてはなりません。

 車掌のアナウンスを日本文化に従って、私なりに日本語で言うとこうなるのでしょうか。

 『 毎日のお勤めご苦労さまです。 朝の貴重な時間ですが、発車間際の駆け込み乗車は、怪我など大きな事故に繋がります。 大変危険です。 ご自身のお体や、愛するご家族のためにも、お止めください。 また、列車の運行にも大きな支障をきたし、他の大勢のお客さまのご迷惑にもなりますので、なにとぞ定時運行にご協力くださるようお願いいたします 』

 この問題については、その後、JR東日本にはさまざまな意見がよせられているようだが、その大半が車掌の発言に好意的だったようです。 それだけ時代の変化が現れてきているのかも知れません。 」