街角の至るところに設置されているのが自動販売機。 その大半が飲料水である。 他には煙草、アイスクリームやクッキー、キャンデーなどの菓子類もあるが、中にはパンティーやコンドームがボタン一つで出てくるものもある。

 世界中どこの国と比べても、こんなに自動販売機の普及している国は、日本以外にはない。

 JRをはじめ私鉄各社では、乗車券の自動販売機を備えていないところはない。 乗客自身がその機械で( 定められた手続きに従って )自分の行き先までの乗車券を買い求め、自動改札口にその切符を差し入れると閉じていたバーが開いて電車に乗ることが許される。

 降車した駅で、再びその切符を改札ゲートに差し込むと、規定通りの料金が支払われた切符ならバーが開くが、少しでも不審があれば、瞬時にしてバーがバタッと閉じられる。 大人は下腹を打ち、子供は胸を打たれて行く手を阻まれる仕組みになっている。

 出場を拒否された 「 不正乗車容疑者 」 は、周囲から注がれる白い目を意識しながら、ここでも自動精算機に向かうことになる。 誰かに何かを尋ねようとしても、回りには駅員の姿は見当たらない。 乗客という人間は、すべて機械との 「 対話 」 に終始するのだ。

 南ヨーロッパ系の F 記者はいう
「 ざっと半世紀を経過したアメリカ映画 『 モダンタイムス 』 を思い出します。 喜劇俳優チャールス・チャプリンが、機械文明の波に押し流されて人間性を喪失するさまを、皮肉たっぷりに描いた名作の一つですが、今、私たちの身辺は正に “モダンタイムズ” そのものですよ。

 日本の人たちには何でもないでしょうが、私たち外国からやってきた者は、慣れるまでは電車の乗り方が非常に難しく感じました。 第一、駅の券売機の種類が全く同じではありません。

 会社や路線によっても微妙に違う、それぞれの機械の前で、上方に掲げられている路線図を見上げて、小さくて読み難い英語で行き先を見つけて( 英文表示のないものも沢山あります )その運賃を捜し当てるのにとても時間が掛かって苦労します。

 また、どうにか行き先と料金が解かっても、日本語表示だけの乗車券販売機を初めて操作する人は、きっと後ろからせっかちの日本人によって、舌打ちされることでしょう。 幸いにして、もし親切な日本人がすぐ後ろにいた場合はきっと助けてもらえますが ……。

 もちろん、欧米にも乗車券やトークン( 乗車コイン )などの自動販売機がありますが、総じてその操作は非常に単純で、明解です。

 目的地( 機械に表示されているものが多い )と乗車条件( 片道か往復か、一日券か、など )のボタンを押せば、あとは料金が表示され、紙幣かコインをその金額になるまで投入すると発券される式の機械が多いのです。

 ところが日本の場合は、行き先と料金との組み合わせが機械的に表示されないことに基本的な問題があるのです。

 乗客は、まず、事前に路線図表示板で目的地までの金額を確かめなければなりません。 地名や地理に不案内な者や、日本語が不自由な人たち( 英語以外の外国語はまず見当たらない )にとっては、とても不便です。

 せっかくIT化されていながら、行き先と料金額という基本的な条件をいわばアナログ方式で看板表示したまま、乗客にリトリーブ( 検索 )させているようでは、何のための自動販売機かといいたいですね。

 そのうえ、沢山の選択肢のボタンがあっては、日本人でも迷うでしょう。 押すべきボタンの数は、せいぜい1つか2つで済むようにしてもらいたいものです。

 日本では電車に乗る際と降りる時の2回、改札ゲートで自動的にチェックされますが、正規に料金を支払っていても、いつもあのバーが、バタッと自分の目前で閉まるのではないか、といつもハラハラと脅迫感にさいなまれます。 いや、恐怖感と言っては言い過ぎでしょうか。

 ヨーロッパでも近距離の乗車券は自動販売機がありますが、長距離の乗車券は駅の窓口で購入します。 その時には係員との会話があります。

 近距離も長距離列車もどちらも改札ゲートによるチェックは一切ありません。 誰でも自由に駅の中のプラットフォームまで行くことが出来ます。 比較的近い距離の場合は、自分でプラットフォームか電車の中にある 『 検札機 』 で、乗車券に乗車日時を刻印して乗ればよいのです。

 長距離列車の車内では、車掌による定時検札が行なわれるだけです。 それでも、臨時に車内で特別検札が行なわれることがあります。 もしその時、不正乗車が見つかれば 『 詐欺罪 』 として咎められ、当人は恥をかくとともに、高額の罰則金を支払わねばなりません。 つまりはすべて自己責任のもとに、社会的良心の問題としてとらえている訳です。

 それにしても日本は、こうした情報技術機器の発達を享受しながら、発想の転換が図れず、管理社会の呪縛から逃れられないのでしょうか。

 それとも一般的に社会的な公徳心が薄いということなのでしょうか。 おまけに、乗車券の発券から改札など、管理上の手続きと規定作業を乗客自身と機械に任ねておいて、人件費をセーブしておきながら、運賃はヨーロッパのそれと比べて割り高なのは、どういう訳でしょうか。

 多分、あの駅の、騒音とも言うべきうるさい構内放送のための人件費かもしれませんね。

 『 危ないから白線から下がれ 』 とか 『 電車とフォームの間に落ちるなよ 』 『 押し合わずに順序よく乗れ 』 『 乗ったら中迄詰めろ 』 など、こうしろ、ああしろと、乗客はどうして親に叱られる子供のように一々指図をされなければならないのか、また、それを当然のことのように文句も言わずに聞き流している人たち、私はとても不思議に思います。

 その上、野放しでは不安なので、改札も2度行なって( 新幹線の場合は車内検札を含めると何とチェックは5回にもなりますよ )いる、ということは乗客を厳重に管理しなければ、という考え方から抜け切れていないのでしょうか 」