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 「 差し歯 」 の調子が良くないので、知人の歯医者に見てもらったあと、郊外から都心に向かう電車に乗った。

 平日の午後だったから、車内は比較的すいていた。 私の正面向かい側のシートに仲の良い友達だろうと思われる、それぞれの幼児を連れた若い母親が2人、おしゃべりに夢中だった。

 親たちは、自分たちが電車の中であることや、周りの人など関係なく、少女のようにキャッキャッと笑い転げていた。 それぞれ黄色と褐色に染めた彼女たちの頭髪と、東洋的な顔との不釣合いは、本人たちが満足することによって救われるものであって、他人がとやかく論評すべきことではないのかもしれない。

 長い付けまつげの濃い目の化粧も、アンバランスな服装も、やはり個人の嗜好以外の何物でもないことを理解して、許容しなければならない。

 幼児たちを乗せていたベビーカーには、殊更に派手なロゴマークのついた雑嚢バッグ、携帯電話、ペットボトル、小さなぬいぐるみの類がストラップなどでジャラジャラとぶら下げられている。 そのベビーカー( 優に大人1人分のスペースを占める )を折畳まずに通路に置いている。

 幼児たちはその窮屈な車から降ろされた解放感からか、シートの上で嬉しそうにはしゃいでいる。 大人3人分のスペースを占拠して。 そこまでは私も善良な市民の一員であり、若者に対する良き理解者として眺めていた。

 どうしても注意を促さなければならない、という気持ちに駆られたのは、その幼児たちが車内を走り回り、靴を履いたままシートの上を飛び跳ね出すのを母親たちが黙認していたからである。
「あなたがた日本では、家の中へは靴を脱いで入るでしょう。 ここは電車の中、公共の座席です。 騒ぐのも良くないが、少なくともシートは多くの人たちが座る場所です。 その上だけは靴を脱がせるようにしなさいよ。 エチケットでしょう」
 と忠告したのだが ……。

 それまでの談笑から、たちまち顔色を変えてキッと私をにらみ返し、
「えっ、この子らはコドモだよ、こどものやることジャン。 そんなに汚くないジャン、ウザーイ。 ウチの子にそんな余計なこと、いちいちガイジンのあんたから言われたかあねえよ、このオヤジ、ウザッタイから、さあ、あっち行こ、行こ!」
 そして、子供が飲み残したジュースのペットボトルを座席の下に捨てたまま、隣の車両へ移動して行った。

 「自己中心主義」 ということをよく聞かされる。 が、この体験でその実体がよく理解できた。 少子化対策担当大臣まで任命しての人口政策に力を入れるのも一つの方法だとは思う。 が、生まれてきても、こうした親に育てられた子供たちは成長してどうなるのだろうか

 余計なことかもしれないが、出生時に税金から助成金を払うよりも、生む者に対する教育のほうが先決のような気がする。 現在、教育基本法の改定問題が検討されている。

 


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