( 2013.12.21 )

   




スウェーデン・ストックホルム(Stockholm)郊外の
Aspuddenで、カルチャー雑誌「Situation Stockholm」を
販売するNina Galataさん。手にしているスマートフォン
には雑誌の代金と寄付を受け付けるカードリーダー機能が
ある
 スウェーデンの首都ストックホルム( Stockholm )で路上生活をしているペータ( Peter )さん( 55 )は食べていくのに必要な2つの物 ── 雑誌とデビットカード読み取り機 ── を携えてスーパーの前に立っている。

 「Situation Stockholm」は貧しい人が収入を得ることを目的に販売されている雑誌だが、ペータさんを含め、この雑誌の販売者はここ数年、ある問題に直面している。 現金が使われる頻度が減ったため、雑誌1部を購入するための現金50クローナ( 約790円 )を持っていない通行人が増えたのだ。

 救いとなったのが雑誌の出版社から支給されたカード読み取り機だ。 ペータさんは読み取り機の機能を説明しながら、 「購入者がだまされているという感覚を持たないように、段階を踏んで手続きするんだ。 これには感心した」 と話した。

 欧州中央銀行( European Central Bank、ECB )が最近発表した資料によると、スウェーデンの小売売上高に占める現金の割合はわずか27%だという。 オンラインでの売り上げも含めるとこの割合はさらに小さくなる。

 北欧諸国は急スピードでキャッシュレス社会に移行しており、北欧と南欧の決済のあり方の相違は拡大する一方だ。 例えば、ギリシャとルーマニアでは今も取引の95%が現金で行われている。

 ただ、スウェーデンでもすべての人がキャッシュレス社会を歓迎しているわけではない。 盗みを働こうとした人がストックホルムの銀行に侵入したが、現金の取り扱いがないことが分かり、手ぶらでその場を去ったという事件もあった。




 キャッシュレス社会の影響を受けるのは犯罪者だけではない。 デンマークやアイスランドなど北欧でキャッシュレス化は人々の生活を大きく変えた。 ホットドックから税金まであらゆるものがクレジットカードや携帯電話のテキストメッセージサービス( SMS )で支払われる。 大半のバスが現金での運賃受け取りを拒否し、外国人観光客を混乱させる。 ストックホルムに今年オープンしたスウェーデンの人気グループABBAの記念ミュージアムでもチケット購入はクレジットカードかデビットカードのみ、といった具合だ。

 スウェーデン王立工科大学( Royal Institute of Technology )の研究者、ニクラス・アルビッドソン( Niklas Arvidsson )氏は 「近い将来に完全なキャッシュレス社会になることはないだろうが、現金が最低限の量に減って、ほとんど使われなくなる社会の到来は極めて現実的だ」 と述べた。

 アルビッドソン氏は、当面大きな利益を得るのは銀行とカード会社だが、現金は電子マネーに比べて取り扱いコストが高いので、最終的にキャッシュレス化は社会全体にとって利益になると説明した。 しかし、仮に現金が完全に消えたら、高齢者や地方に住む人々、そして長い間失業状態にあるなどの理由で信用力が低く、社会的に取り残された人々は問題に直面するという。

 小規模の小売店もキャッシュレスによる悪影響を受けている。 特にスウェーデンでは、小売店がクレジットカードの発行会社に支払う取扱手数料を顧客に請求することを禁じる法律が2010年に施行され、小売店は取引1件当たり最大2.5クローナ( 約39円 )に購入代金の1%を加えた手数料を負担する義務が生じた。

 スウェーデン国立銀行( 中央銀行 )の硬貨・紙幣部門のトップ、クリスティーナ・ウェイスハマ( Christina Wejshammar )氏は 「近い将来も現金は引き続き存在するだろう。 完全に消えるとは思えない」 と述べ、 「私たちが消費者としてどう行動するか、それ次第だ」 と語った。





( 2016.01.15 )

  




1支店を除く全支店で、現金受け渡しの停止を
発表したノルウェー大手行のノルデア銀行。
現金の取り扱いはほぼATMに限られる
 経済のキャッシュレス化によって、銀行が窓口での現金取り扱いを停止してしまう ──。 日本では当面考えにくい話だが、北欧ではすでに現実のものとなりつつある。

 ノルウェーでは、消費者の現金決済比率はたった6%だ( 米国は47% )。 残りは、クレジットカード、デビットカード、モバイル決済などの電子決済である。

 昨年10月に、ノルウェー2位の大手行ノルデア銀行は、オスロ中央駅支店を除く全店舗において窓口での現金受け渡しを停止すると発表した( ATMでの現金受け取り、支払いは当面継続 )。 ノルデア銀行幹部は、 「社会は一段とデジタル化に向かっており、他の銀行も追随するだろう。時間の問題だ」 と地元紙に話している。

 スウェーデンでは、大学生の多くが現金を持たずとも日常生活に問題はないと考えている。 教会もキャッシュレス化だ。 日曜日に信者たちが教会に集まり、寄付の時間になると、大きなスクリーンに教会の口座番号が映し出される。

 ストックホルムの街中で雑誌を販売しているホームレスも、モバイルカードリーダーを使った電子決済で代金を受け取っている。 あるホームレスはそれを使うようになってから、この2年で売り上げが30%伸びた。 通行人の多くが現金を持っていないからだ。

 こうした状況なので、現在スウェーデンの多くの銀行がATMを撤去中だ。 また、大手銀行の半分以上の支店が現金を準備していない、または現金を顧客から受け取らない状態になっている( 米紙 「ニューヨーク・タイムズ」 )。

 デンマークでもキャッシュレス化は大きなトレンドだ。 コペンハーゲンでは、ホットドッグの屋台ですら電子決済が大半である。 昨年5月にデンマークの財務省は、食料品店、病院、郵便局などを除く一般の小売店は、2016年1月から現金での支払いを拒絶できるようにしてはどうかと提案した。

 デンマーク中央銀行は紙幣とコインの製造を今年で停止し、必要に応じて外注する予定だ。 30年にはデンマークから現金が消えるとの予想も聞かれる。

 ただし、こういった北欧における急速なキャッシュレス化は、流れについていけない地方のお年寄りを困惑させている。 電子決済に伴う新たな詐欺も急増している。 また、現金がなくなった世界では、全ての支払いが記録に残るため、プライバシーの侵害を懸念する人々もいる( 企業や金融機関は逆にそのデータを欲しがっている )。

 そういった問題がありながら、北欧各国が競い合ってキャッシュレス化を推進しているのは、 (1)小売店にとって現金管理のコスト負担は重い、 (2)銀行は警備コストから解放される上に、電子決済の手数料が入る、 (3)世界最速でキャッシュレス化を実現しつつデジタル革命の最先端を走っていくことは今後の経済成長にとって重要、といった考えが背景にある。

 日本銀行は北欧とは逆に、マネタリーベース( 現金+準備預金 )を増やすと経済が活性化する、という考えで量的・質的緩和策を実施している。 昨年11月、スウェーデンの現金流通高GDP比はわずか1.8%だったが、日本は20%もあった。 しかし、その大半は使われずに退蔵されている。

 国際通貨基金( IMF )は今年の経済成長率について、スウェーデンは3%、日本は1%と予想している。 おそらく北欧の人々は、マネタリーベース増加で経済が成長するといわれてもピンとこないだろう。





( 2016.09.02 )

  




スウェーデンの国民的ポップスター、ABBAの
博物館には「支払いはカードしか受け付けません」
という表示があった
 スウェーデンのストックホルムに先日行ってきた。 特に印象的だったことが二つある。

 一つは、将来の不安を感じている人が予想以上に少ないという点だ。 日本のように 「長生きが心配」 で高齢者が貯蓄を抱えているようなことはまずない。 社会保障が手厚いため、貯蓄は死ぬまでに使い切って楽しまなければ意味がないそうだ。 税率は高いが、その分見返りがあるため 「国に対して貯蓄している感覚」 だという。

 最近の難民受け入れ急増が社会保障システムに影を落としている面もあるが、十分な年金をもらえなくなると心配する人は現時点では少ない。 スウェーデンの中央銀行、リクスバンクはマイナス金利政策を実施しているが、日本のようにそれによる預金利率の低下が不安を招き、消費マインドが大幅に悪化するといった現象は起きていない。

 もう一つ印象深かった点は、フィンテック( 金融と技術を掛け合わせた造語 )の普及を背景とした世界最速といわれるキャッシュレス化だ。

 実際、少額の支払いでもクレジットカードが嫌がられることはなかった。 逆に、カードかスマートフォンの決済アプリを持っていないと困るケースが出てくる。 小売店は法律上、顧客の現金での支払いを拒むことができるようになっているからだ。 地下鉄の駅では乗車券を現金で買うことはできない。

 スウェーデンの国民的ポップスター、ABBAの博物館には入場券売り場や土産物売り場に 「支払いはカードしか受け付けません」 との表示がある。 ABBAのメンバーであるビョルン・ウルヴァース氏は、息子が強盗に遭ったことをきっかけに現金は犯罪を生むと考えるようになった。

 次のような説明があった。
「われわれは紙幣やコインは取り扱いません。 なぜなら、訪問者にとってもスタッフにとっても、キャッシュレスはより安全で、より効率的だと信じているからです」
 金融機関もキャッシュレス化を積極的に進めている。 ある大手銀行では300以上の国内店舗のうち、窓口で現金を取り扱っているのは今や数店舗しかない。 ATM( 現金自動預払機 )は稼働しているが設置数は急減。 紙幣が在庫切れになっていることもよくある。

 ただし、急速なキャッシュレス化には、フィンテックを使いこなせないお年寄りから激しい批判が湧き上がっている。 また、リクスバンクが進めているニセ札防止のための新紙幣への切り替えにおいてもトラブルが生じている。

 6月末で従来の20、50、1000クローナ札は無効となった( 8月末までは銀行で預金することは可能 )。 旧紙幣を持つ市民は銀行に行く必要があったが、前述のように現金を取り扱う店舗は少ない。 長蛇の列が発生し、旧20クローナ札の6割弱は交換されないまま市中流通が停止されてしまった。



 スウェーデンの銀行はマイナス金利政策で打撃を受けつつも比較的収益を確保している。 それは顧客サービスを大胆に切り捨てることで成り立っている部分がある。

 黒田東彦・日本銀行総裁は 「日本は欧州に比べてマイナス金利の引き下げ余地がある」 と、たびたび言及しているが、状況に大きな違いがあるように思われる。


 日本人は 「無形」 のものより、物理的に目に見え、手で触ることができる 「有形」 のものを、より高く評価するという価値観を持っている。

 他国に比べてキャッシュレスが進まない理由の一つでもある。 しかし、茶封筒でもらっていた給料は振り込みになり、株券も電子化された。 すでに違和感を覚える人はいないだろう。

 ちなみにコロナの影響で話題にならないが、特定の法人の事業所は、2020年4月から社会保険および労働保険関係の手続きを行う場合、電子申請することが義務化された。

 もう、この流れは止められない。 手続きコストを削減させるため、官民一体となって努力すべきである。
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