( 2015.02.05 )

 




( 人質殺害の報を受け、官邸前で続くデモ )
 日本中を震撼させた、イスラム過激派組織 「イスラム国」 ( 略称:ISIS、ISIL、IS )による日本人人質殺害事件。 拘束された日本人の映像が公開され、イスラム国の声明が発表される度に、メディアや国民は戦慄し、振り回される日々が続いた。 許されざる暴挙を行った彼らの真の目的は、いったい何だったのか。 一連の事件の教訓を、どう読み解けばいのか。

日本を翻弄した人質事件の恐怖
語られないイスラム国の真意とは

 今回のイスラム過激派組織 「 イスラム国 」 ( 略称:ISIS、ISIL、IS、以下イスラム国と記述 )による日本人人質事件では、イスラム国が次々に発する声明に日本中が注目し、翻弄された。 彼らが発し続けた声明の背景には、どんな思惑があったのだろうか。 これまでの経緯を振り返りながら、検証してみよう。

 民間軍事会社を運営する湯川遥菜さんがイスラム国に拘束されたのは去年の8月、湯川さんを救出しようとジャーナリストの後藤健二さんが中東に渡って拘束されたのが10月だった。

 おそらく湯川さんが拘束されてから早い段階で、日本政府とは関係なく、イスラム国と湯川さんの家族との間で、何らかの交渉が行われたはずだ。 一方の後藤さんは拘束後の11月初旬、イスラム国の関係者を名乗る人物から、身代金を要求するメールが家族に届いたという。 身代金は多額で、10億円とも20億円とも言われ、こちらも両者間でやりとりが続いていたと見られる。

 結局、2人とも妥結しなかったが、拘束されてから早い段階で殺害されたり、解放されたりすることはなかった。 2人はイスラム国にとって、お金の要求以外でも使える存在だったのだろう。

 なぜかと言うと、イスラム国のあるエリアには欧米人はたくさんいるが、日本人はとても珍しいからだ。 だから日本という国に対するカードとして持っていたほうが有利だと彼らは思い、拘束を続けていたのだろう。

 彼らがそのカードを切ったのが、1月中旬からの安倍首相の中東訪問に合わせてのタイミングだった。 日本を揺さぶるのに、最も有効なタイミングだと踏んだのだろう。 その後イスラム国からは、2人の処遇に関する声明が、映像( 動画・静止画 )を伴って、主に五段階に分けて出された。 その経緯を改めて振り返ってみよう。


なぜ最悪の結果につながったか?
「5つの声明」 に隠された意図

 第一段階では、日本時間の1月20日、イスラム国のメンバーが湯川さん、後藤さんと思われる男性2人と共に映像に登場し、日本政府に向けて 「 72時間以内に2億ドル( 約240億円 )の身代金を支払わないと、2人の人質を殺害する 」 という声明を出した。

 続く第二段階では、身代金の要求が取り下げられ、人質の交換へと要求が変わる。 日本時間の1月24日深夜に、後藤さんと思われる男性が、殺害された湯川さんと思われる男性の写真を掲げる映像がインターネット上に投稿され、後藤さんとされる声で 「 湯川さんを殺害した 」 という声明が出されたのだ。

 さらにこの声明には、後藤さんを釈放する代わりに、2005年にヨルダンの首都アンマンで多数の死傷者を出した自爆テロの実行犯として収監されているサジダ・リシャウィ死刑囚を釈放しろという、交換条件の要求もあった。 リシャウィ死刑囚はイスラム国の前身組織のメンバーで、彼らにとって象徴的な存在であった。

 第三段階の声明は、1月27日に出された。 後藤さんとリシャウィ死刑囚の 「 1対1の交換 」 を要求し、ヨルダン政府が要求に応じなければ、ヨルダンが解放を求めている空軍パイロット、ムアス・カサスベさんを後藤さんより先に殺害するというものだ。 ここで初めて、ヨルダン兵の名前が出てくる。

 続く日本時間の1月29日、後藤さんを名乗る男性の声で、第四段階目の声明が出される。 内容は、リシャウィ死刑囚を29日の日没( 日本時間の29日深夜~30日未明 )までにトルコとイスラム国支配地域との境界に連れてくるよう要求するものだ。 要求が実行されなければ、拘束しているカサスベさんを殺害すると予告した。

 そして第五段階目の声明では、最悪の事態が告知された。 日本人に恐怖を与えるメッセージと共に、後藤さんと見られる男性が殺害される様子を映した映像が、日本時間の2月1日早朝、インターネット上に公開されたのである。

 これが 「 日本人人質事件 」 の顛末だ。 一連の声明は要求内容の変化など、一見不可解に見えるものの、かなり狡猾こうかつかつ巧妙こうみょうだ。 また、声明の多さも特徴的だ。 彼らが外国人を人質にとって、ここまで交渉を長引かせることは今までなかったし、人質を殺害したときに公開した声明や映像は、今回のケースに当てはめると、第一段階、第五段階のタイプのものだけだった。 もかかわらず、今回第二、第三、第四段階のようにイレギュラーとも言える声明や映像を、なぜ彼らは出したのか。

 理由は第一に、これらはイスラム国による 「 交渉引き伸ばし作戦 」 であった可能性が高い。 彼らにとっては、今回の人質拘束で自分たちが失うものは何もなく、得るものしかなかった。 より大きな利益を得るためには、時間を引き延ばしたほうがいいと考えたのだ。 始めから、 「 あわよくば交渉を成立させて得をする。 だけどうまくいかなくてもいい 」 という考えだったのではないか。

 たとえば第一段階の声明を発したとき、彼らには本気で巨額の身代金を要求する意図はなかったと思う。 240億円もの大金は到底身代金のレベルではなく、日本政府が飲めないことは明らかだったからだ。 また、第二~第四段階の声明で主張したリシャウィ死刑囚とカサスベさんの交換を、本気で実現したかったかどうかも疑わしい。

 唯一明らかな目的があったとすれば、世界に向けて組織をPRすること、プロパガンダであろう。 それから、欧米に協力する日本人や日本政府に恐怖心を植え付けること、そして日本というカードを使ってヨルダン政府を弄ぶことだったろう。


第三段階以降の声明はハプニング
イスラム国の 「心の動き」 を読み解く

 第二に、第三段階以降の声明は、イスラム国にとってハプニングのような形で出されたものではないか。 それには、日本のマスメディアによる報道の在り方が大きく関わっていると、私は見ている。 「 この事件をコントロールしているのは、全部自分たちだ。 なのに、なぜ自分たちが知らないところで勝手な報道が出るのか 」 と、彼らはフラストレーションを感じていた可能性が高い。

 たとえば彼らは、第二段階の声明を出した後に、日本のメディアが行った一連の報道を見て、 「 正しく報道されていない 」 「 疑いの目を持ちすぎだ 」 という思いを強めたかもしれない。 事件が起きてから日本のメディアは、 「 湯川さんと後藤さんの映像は本物なのか 」 といった分析を、延々と報道した。 「 日本人の1人を殺害したと言っているのに、日本人は自分たちの言うことを信用していない 」 という憤りを、彼らは感じたのだろう。 湯川さん殺害を伝えた第二段階の声明の後に、わざわざ自らのメディアを使って、 「 自分たちがやった 」 と表明している。 第五段階で、後藤さんと思われる男性の殺害映像が公開されたときも、同様のメッセージが出された。

 また、彼らのフラストレーションをさらに高めたかもしれないのが、日本のメディアが 「 後藤さんとカサスベさん、リシャウィ死刑囚との2対1の解放だ 」 「 いや、カサスベさんとリシャウィ死刑囚の1対1だ 」 といった、憶測に基づく様々な報道を行ったことだ。 イスラム国側は、 「 自分たちはパイロットのことなんて、ひとことも言っていないじゃないか 」 と感じただろう。

 そのこともあり、第三段階のメッセージでは、 「 後藤さんとリシャウィ死刑囚との1対1の交換 」 を改めて強調し、 「 ヨルダンのパイロットの殺害 」 にまで言及したものと見られる。 このとき 「 パイロットを後藤さんより先に殺害する 」 と言ったのは、ヨルダン国王が 「 リシャウィ死刑囚と交換するなら、カサスベさんの救出を優先する 」 と表明したため、日本政府と駆け引きができなくなってしまうことを、防ぐためだろう。 こうして考えると、やはり第一、第二段階の声明はある程度計画的であり、また第二段階以降の声明は日本の動向を見ながら、それを反映してつくられているように感じる。

 その後、2月1日のタイミングで後藤さんと見られる男性の殺害映像を公開したのは、リシャウィ被告の解放と交換条件にしていたカサスベさんが生存している証拠の提出をヨルダン政府から求められ、それを示すことができずに、 「 このへんが引き際だ 」 と考えたのだろう。 実際、イスラム国は2月4日にカサスベさんと思われる男性の殺害映像を公開したが、ヨルダンの国営テレビによると、カサスベさんは1月初頭にすでに殺害されていた可能性が高いという。

 今回の人質殺害事件で出された声明の背景を分析すると、おおむねこんな流れではないかと推察される。 まさに、死者をも利用した狡猾かつ巧妙な計画であったと言える。


狡猾かつ巧妙な許せない暴挙
日本人が教訓にすべきこと

今回のようなテロ行為は、断じて許されるべきものではない。 ただ、日本人が意識すべき教訓も少なくない。 1つは、日本のメディアも結果的に事件の当事者になっていた、ということである。 イスラム国はインターネットを通じて、日本の報道を細かくチェックしていたはずだ。 新聞やテレビの報道内容がインターネットに活字で掲載され、翻訳ソフトを使えば、その内容がすぐに英語の活字になる時代であり、メディア戦略に長けている彼らにとって、日本の報道を知ることはたやすい。 今後メディアには、こうしたケースにおいて慎重な報道が求められるのではないだろうか。

 もう1つは、この人質事件に関わっていたのは、我々が普段イメージするイスラム国の指導者や戦闘員たちだけではない可能性もある、という認識を持つことだ。 おそらくイスラム国の背後には、イラクの旧フセイン政権時代の官僚や、バース党( シリア、イラクなどのアラブ諸国で活動する汎アラブ主義政党 )の幹部などで、外交や情報戦略に長けた人物がいるのではないかと思う。 傍目から見る限り、各国の外交戦略なども考慮に入れながら、実に厄介で巧妙な作戦が練られているように思えてならないからだ。

 それでは、今後日本人は、イスラム国の脅威にどう対処したらいいのだろうか。 第五段階の映像では、後藤さんと思われる男性の横に立つ黒ずくめの男が、日本がイスラム国と戦う連合に参加したことが後藤さん殺害の理由であり、 「 これからも日本人を場所を問わずに狙う 」 と語った。 これをきっかけに、 「 日本はテロとの戦いに巻き込まれるのではないか 」 と日本中に不安が漂っている。

 人質事件をきっかけに、日本人にとって脅威のレベルが格段に上がったことは確かだ。 なぜなら、イスラム国がどうのというより、今回の事件が世界中に知れ渡ったからだ。 世界中の多くのテロ組織も 「 日本 」 を認識したし、イスラム国にシンパシーを感じている連中も世界中に存在しており、カナダの議会襲撃事件やオーストラリアの人質立てこもり事件など、すでに様々なテロ事件を起こしている。 彼らが今回の事件に触発されて、日本人を狙わないとも限らない。 もはや日本人は、中東地域に行かなければ安心とは言い切れない。 だからこそ日本の外務省も、全世界の日本人を対象に、注意を呼びかけているのだ。

 また、日本国内におけるテロのリスクにも注意が必要だ。 日本は来年にG8サミット、2020年には東京五輪など、各国から要人などが多数集まる大きなイベントを控えている。 政府は、原発や先進国の在日大使館の警備を強化したり、入国管理を強化したりする必要がある。


脅威のレベルは格段に上がった
個人が海外渡航時に身を守る術

 個人としては、海外に渡航する際、渡航先の治安状況はもとより、航空機への搭乗、ホテルへの宿泊などにも、これまで以上に注意が必要だ。 たとえば、外務省の 「 海外安全ホームページ 」 は参考になるので、海外に渡航する際には最低限チェックする必要がある。 各国の大使館にいる治安の専門家が、現地の治安当局と情報交換をして更新しているものだ。 何よりも、日本人が日本人向けに作成しており、しかも無料で入手できる。 これ以上の情報は他では得られない。

 また、同じく外務省が運営する外務省海外旅行登録システム 「 たびレジ 」 も便利だ。 旅券法の規定により、海外に3ヵ月以上滞在する人は外務省に届け出が必要であり、滞在地で治安悪化、クーデター、テロなどが起きた場合は大使館から注意を喚起する情報が届く。 ただ、届け出を必要としない短期の旅行者は、そうした情報を受け取ることができなかった。 その点、 「 たびレジ 」 に登録しておけば、旅行者も在外公館などから緊急時に情報提供を受けることができる。

 最後に、後藤さんと思われる男性の殺害映像が公開された際、安倍首相は 「 テロリストたちを決して許さない。 罪を償わせるために国際社会と連携していく 」 と語った。 安倍首相のこうした強硬姿勢が過激派組織を刺激するのではないかという世論もあるが、そうは思わない。 テロに屈しないことは、G8の一角をなす国のポリシーとして当然だからだ。 そのことも含め、グローバル社会で生きる日本人にとって、今回の事件を通じて考えるべきことは多いと思う。





( 2015.02.05 )

 


英米に 「自己責任論」 は存在しない

 今回の 「 イスラム国 」 を名乗る組織( 以下IS )による日本人人質殺害事件に関して、まず最初にいわゆる 「 自己責任論 」 を考えてみたい。 これは、外務省が渡航自粛勧告を出していたISが支配する危険地帯に、 「 民間軍事会社の社長 」 を自称して入って拘束された湯川氏と、その救出に向かった後藤氏に対して、ネット上を中心に広がる 「 政府に迷惑をかけるな 」 「 政府が助ける必要はない 」 などの批判のことだ。

 この現象は、英国国営放送( BBC )が、デヴィ・スカルノ氏のブログでの 「 後藤氏は自決せよ 」 という発言を紹介するなど(“Japan wakes up to bad news about Kenji Goto”を参照 )、諸外国からも 「 日本らしい 」 こととして強い関心を持たれているようだ。

 知る限りだが、少なくとも英国では、 「 自己責任論 」 というものを聞いたことがない。 おそらく米国でも同じだろう。 英米では、そもそも人間行動のすべてに 「 自己責任原則 」 が貫かれているので、あらためて特定の場面で 「 自己責任 」 を強調する必要がないからだろう。

 一方、日本の 「 自己責任論 」 は、 「 自己責任でない場合は、政府に生命と安全の保護を求めることができる 」 という考え方が前提のように思う。 つまり、国民の自己責任とされる範囲は狭く、政府に頼れる範囲が広いとされているからこそ 「 自己責任論 」 が出てくるということだ。

 これには違和感がある。 なぜなら、日本政府は 「 国民の生命と安全の保護 」 の意識が希薄だと思うからだ。 例えば、世界のどこかで紛争が起こった際、日本大使館は日本人でさえ大使館に入れず、締め出すようなことがあったと聞いたことがあった。

 紛争時にはむしろ英国大使館や米国大使館が、国籍を問わず誰でも逃げ込める 「 駆け込み寺 」 になる。 「 なにかあった時は英米大使館へ向かうべし 」 というのが日本人駐在員の常識だった、と商社の先輩からよく聞いたものだった。 逆説的だが、自己責任原則が貫徹されているはずの英米政府のほうが、国民の生命と安全を守る意識が徹底されているということだ。


日本はISの
「キャッシュディスペンサー」 になっていたかもしれない

 ひとついえることは、政府は万能ではないということだ。政府にできることには限界がある。それは、英米でも日本でも同じことである。  ISは米国人3名、英国人2名を殺害している。 ISの 「 空爆停止 」 の要求に対して、英米政府が一切の交渉を拒否したからである。 ISに屈して交渉に応じ、身代金を支払えば、ISに多額の資金を与えることになる上に、さらなる身代金獲得を狙って、テロが繰り返される恐れがある。 英米が人質救出のためにできることは、基本的に 「 軍事作戦 」 しかないのである。

 今回、ISによる日本人拘束が明らかになってからの日本政府の対応を批判する声がある。 政府は、身代金支払い要求に応じない一方で、中山泰秀外務副大臣をヨルダンに送りこんで人質解放に協力を要請した。 だが、ヨルダンがどのようなパイプでISと交渉しているのか、交渉状況がどうなっているのか、政府はほとんど掴めなかった。 特に、ヨルダンがISに対して軍パイロットの安否確認を要求し、女死刑囚の釈放を拒否してからは、交渉状況は全く見えなくなった。 このように、日本政府は人質解放に無力だったように見えることに、批判が集中している。 だが、そもそも日本政府はISと交渉自体、してはいけなかったのではないだろうか。

 英米のジャーナリストがISに拘束・殺害されたケースと、今回の日本人のケースの違いを考えてみたい。 繰り返すが、ISが英米人を拘束した際、英米政府に要求するのは 「 空爆の停止 」 である。 そして、英米政府が一切交渉に応じないので、人質は殺害されることになった。 英国のジャーナリスト、ジョン・キャントリー氏が拘束されたまま、ISの広報映像にたびたび登場しているが、彼を巡っての交渉も行われていないようだ。 要するに、ISが英米人を拘束・処刑するのは、ISの恐ろしさをアピールする 「 政治的パフォーマンス 」 の意味しかない。

 一方、ISが日本人を拘束した今回のケースでは、 「 身代金 」 を要求された。 そして、途中で要求が身代金から 「 人質交換 」 に変わった。 これはISが、日本のことをより 「 実利的 」 に考えている可能性を示している。

 英米などの有志連合による油田地帯への激しい空爆や原油価格の下落で、ISの主な収入源である原油密売が激減しているという。 そこで、ISは身代金目的の誘拐による資金獲得を強化している。 身代金の収入は年間40~50億円になるという。 ISは、弱腰のイメージがある日本なら、多額の身代金を払うと考えて、日本人誘拐を狙った可能性がある。

 これまでフランス、スペイン、トルコなどが、人質解放のためにISに身代金を払ってきたとされる。 これらの国で、その後人質事件が頻発しているわけではない。 だがそれはISが、これらの国は何度も多額の身代金を払い続ける力を持っていないと考えたからかもしれない。

 一方、日本は経済大国である。 国連などさまざまな国際機関に多額の資金を拠出している。 世界中の新興国・発展途上国に援助をばら撒いてきた。 多額の米国債を保有する 「 米国のスポンサー 」 でもある。 ISは日本に対して 「 金持ち 」 のイメージを持っているだろう。

 もし、日本が今回、身代金を支払っていたら、ISは日本のことを、活動資金を引き出すためにいつでも使える 「 キャッシュディスペンサー 」 と考えたかもしれない。 ISが、まるでキャッシュカードを使うように、活動資金を引き出すためにありとあらゆる機会を捉えて日本人の誘拐を狙うようになれば、本当に日本人は世界中で危険に晒されることになる可能性があったのではないだろうか。


他国の死刑囚釈放で
自国民を取り戻すことの意味

 さらにいえば、ヨルダンに収監されている女死刑囚の釈放を条件に、後藤氏の解放を交渉して、もし解放が実現していたらどうだっただろうか。 日本国内では、後藤氏の救出を願うあまり、ヨルダンがISの要求を受けて女死刑囚を釈放するかどうかに焦点が当たり続けていた。 ヨルダンが 「 軍パイロットの安否確認 」 を求めて、ISの要求を拒否した時には、日本国内に動揺が広がった。

 だが、もし女死刑囚を解き放てば、ISはヨルダンの足元を見て、さらなる要求を突きつける可能性がある。 同国や周辺諸国の住民は今以上にテロの恐怖に晒されることになるのだ。 その深刻さは、一部の識者が指摘してはいたものの、ほとんどマスコミが取り上げることはなく、日本国民の関心ではなかった。

 換言すれば、日本人はヨルダン国民の置かれた厳しい状況に気を使うことはほとんどなかったように思う。 だが、女死刑囚が釈放されて、ヨルダン国民が恐怖に晒されることになった時、日本人が生きて戻ってくるというならそれでいいと、日本人は歓喜の声を上げたのだろうか。 それは、国家としてあまりに品格に欠けており、国際社会に 「 恥 」 を晒すことになったのではないだろうか。

 結局、日本政府が人質解放のためにできることは、なにもなかったということだ。 非常に悲しいことだが、結果的に後藤氏が殺されるのを待って、ISに対して猛然と非難声明を出すことしかできなかったのだ。 それ以外のすべての解決策は、日本と世界の人々を、よりテロの危険に晒すことになるものだったからだ。

 繰り返すが、政府は万能ではない。 政府ができることには限界があるということだ。 日本国民はそのことをよく自覚し、テロリストが支配するような危険地帯には、近寄らないようにするしかないのである。


政府は日本人がテロに遭う
危険性を最小化することができた

 ISは、 「 日本が 『 邪悪な有志連合 』 と同様に勝ち目のない戦いに加わるという無謀な決断をしたため後藤さんを殺害する。 今後も場所を問わず日本人を殺害する。 日本にとっての悪夢が始まる 」 と脅迫した。 だが、これによって、日本人が世界中でテロに遭う恐れが強まったとパニックに陥るべきではない。

 そもそも、ISにとっては、英米のほうが日本以上に許せない 「 敵 」 である。 だが、英米人に対して、世界中でテロが頻発しているというわけではない。 前述の通り、空爆によるダメージや資金力の悪化で、ISが本当に世界中でテロを起こす力を残しているかどうか自体、疑問なのだ。

 日本は事態を冷静に受け止めるべきだ。 日本は確かにISから 「 敵 」 とみなされることになった。 だが、それは日本人も、諸外国並みの危機管理を考えなければならなくなったというだけのことだ。 むしろ、政府が身代金、女死刑囚の解放に応じず、ISに 「 日本はキャッシュディスペンサーだ 」 と思わせなかったことは、日本人が今後テロに遭うリスクを、難しい状況の中で最小化できたと考えるべきではないだろうか。

 今後、日本政府は国内でテロを未然に防げるよう情報収集力、分析力の強化、海外に渡航・滞在する邦人への迅速な情報提供など、対テロ対策を強化することになるだろう。 それは、悪いことではない。 前述のように、従来日本政府は国民の生命・安全の保護に関心が薄すぎたように思う。 政府が緊張感をもって、それが改善されていくならば、今回のような不幸な事件が起きた中で、せめてもの幸いなのかもしれない。


日本は 「違い」 ではなく 「同じところ」 を
強調して中東外交、援助を続けるべき

 今回の不幸な事件を考える際、忘れてはならないことがある。 それは、ISの台頭は、石油を巡る欧米の中東進出の歴史の延長線上にあるということである。

 18世紀末、英国の進出によるペルシャ( 現イラン )でのアングロ・ペルシャ石油( 現BP )の設立に始まる石油を巡る欧米の中東進出。 第一次世界大戦当時の英国が 「 東アラブ人にアラブの独立国を作る 」 ( マクマフォン書簡 )、 「 パレスチナにユダヤ人国家を建設する 」 ( バルフォア宣言 )、 「 トルコ支配地区を英国とフランスで分け合う 」 ( サイクス・ピコ協定 )という3つの異なる約束をした、いわゆる 「 三枚舌外交 」。 その結果である、欧米石油メジャー( セブン・シスターズ )による中東の石油利権支配の完成、欧米によって人工的に引かれた国境線によるアラブ人国家の成立、そしてユダヤ人国家・イスラエルの誕生だ。

 もちろん、中東諸国は一方的に欧米支配に甘んじてきたわけではない。 第二次世界大戦後、石油産業を国営化し、OPEC( 石油輸出国機構 )を結成して、エネルギーの欧米支配からの独立を果たした。 中東の多くの国は欧米のメジャーとともにエネルギー国際市場を形成し、国民はオイルマネーで潤っている。 だが、その一方で、その恩恵を受けられない貧困層との格差が広がった。 貧困層は、欧米を 「 異教徒 」 と敵視する 「 イスラム過激派 」 の土壌となった。

 イスラム過激派のウサマ・ビンラディンは、アフガニスタンで反米テロネットワーク 「 アルカイダ 」 を組織し、米同時多発テロを引き起こした。 これに対して米国がアフガニスタンを攻撃し、イラクのサダム・フセイン政権を倒したことで、イラク国内が内戦状態に陥り、 「 イラクのイスラム国 」 の前身組織が誕生した。 隣国シリアが内戦状態に陥ると、 「 イラクのイスラム国 」 はシリア内戦に介入。 IS( イスラム国 )に改名した組織は活動領域を拡大し、イスラム世界全体を統一するのだという野望を示し始めている。

 要するに、ISの台頭には中東の欧米支配と、それに対する宗教・民族の問題があるということだ。 だが、このような問題を考える際に常に言われる 「 お互いの違いを理解しよう 」 などとは言いたくない。

 むしろ逆だと考える。 この問題は、お互いの 「 同じところ 」 に意識を集中していくことではないだろうか。

 中東諸国の国民や、欧米と日本に住むイスラム教徒の人たちから 「 イスラム教とISを一緒にしないで 」 という声がある。 彼らは、イスラム教を信じる人たちだが、同時に、我々と同じ民主主義的なルールがある社会に住み( 国によって程度の差はあったとしても )、共通の市場を形成してビジネスを行っている人たちだ。イスラム過激派は、ここに入れない貧困層から出現していることを考えると、我々は 「 違い 」 を過度に強調するよりも、この民主主義・市場経済という共通の社会基盤があることを重視したほうがいい。 貧困層をなくして、民主主義・市場経済の中に組み入れていき、中長期的にイスラム過激派に走る人たちをなくしていくことである。

 もちろん、民主主義・市場経済という欧米の価値観にイスラムの人たちを合流させていくということには反発があると思う。 だが、 「 違い 」 を無理に強調するよりも、現時点で 「 同じところ 」 に意識を集中することのほうが、現状の上に立ったリアリティがあるのではないだろうか。 さらにいえば、短期的な軍事作戦よりも、より抜本的な解決策でもある。

 そして、ここに日本の役割があるのは言うまでもない。 菅官房長官は 「 ISを恐れるあまり、日本が積み重ねてきた中東外交、人道支援をやめれば、テロリストの思うつぼだ 」 として、安倍首相が表明した難民支援など2億ドルの資金援助をさらに増やす考えを明らかにした。 断固としてやり切ってもらいたい。 もちろん、それだけではない。 政府開発援助( ODA )やビジネス、技術提供、教育、人材育成など、日本が中東に対してできることは、一歩も引くことなく、すべて出していくべきである。