東京湾アクアラインに臨む千葉県木更津市の重城病院。 ベッドに横たわる元製鉄マン( 74 )の□元に、妻( 77 )がゆっくりとスプーンを運んだ。
 大手製鉄所での不規則な仕事を定年まで勤め上げ、親類の建設会社を手伝っていた10年前、脳梗塞で倒れた。 その後遺症で左半身が動かなくなり、自宅での介護生活が始まった。
 急性肺炎で入院して約半年。 病院からは 「そろそろ退院を」 と言われたが、行き場がない。 特別養護老人ホーム( 特養 )に申し込んだが満室。 市内の特養待機者は約400人いる。 在宅介護のつらさを思うと、再び家に連れ帰る自信はない。
 川崎製鉄( 現JFEスチール )千葉製鉄所( 千葉市51年操業 )、出光興産千葉製油所( 市原市、63年 )、八幡製鉄( 現新日本製鉄 )君津製鉄所( 君津市、65年 )……。 東京湾岸沿いに広がる京葉工業地域は、日本の高度成長期の象徴だ。 地方からの集団就職などで多くの労働者が千葉に流れ込み、県の人口は60〜70年代、230万人から470万人に倍増した。
 働き盛りの流入で高齢化率が低かったため、介護施設の建設は進まなかった。 しかし企業戦士たちが続々と65歳を超え、施設不足が表面化。 千葉県の特養の定員は高齢者1000人あたり12.7人で、都道府県の中で最も少ない。 現在の総定員とほぼ同じ1万4千人余が入所を待つ。


 今後20年を見渡すと、こうした現状も 「序章」 にすぎない。
 団塊の世代が75歳を超える2025年。 千葉県の75歳以上人口( 推計 )は、現在の45万人から100万人を超える。 都道府県別の増加率では2位。 首位は埼玉、3位は神奈川だ。 大都市の急速な 「老い」 を、社会は支えていけるのか。
 千葉市若葉区の女性( 57 )は、3日に89歳で逝った父の介護を振り返り、自らの将来に不安を募らせる。
 02年に認知症の症状が出て、在宅での介護が始まった。 暴れて母( 88 )にけがをさせたこともあり、06年に一時的な入所が前提の老人保健施設( 老健 )に入れた。 ところが慣れない環境から症状が悪化。 老健を出ることにして、特養を探し回ったが、どこも満室だった。
 認知症のお年寄りが24時間介護を受けながら集団で暮らすグループホームで、約1年半を過ごした。 最期を迎えたのは、肺炎で入院した病室だった。 1年半前に申し込んだ6ヵ所の特養からは、ついに 「空き」 の連絡は来なかった。
 川崎製鉄に勤めていた父には厚生年金があり、特養より割高なグループホームに入ることができた。 女性が加入するのは支給額で見劣りする国民年金。 福祉施設で働いていたが、父の介護の負担から昨年退職し、老後の蓄えの目算も狂った。 「人生の最期ぐらいは、おだやかに送り出し、送り出される社会」 を望むが、遠のくばかりだ。
’  千葉県によると、07年で15万人余の 「要介護人口」 は25年に34万人へ膨れ上がる。 特養の定員を今の2倍の約3万人に増やしても、要介護度4〜5の重度のお年寄りの約7割、6万人近くが特養に入れない計算だ。
 県は昨年、 「施設がないなどの理由で地域を離れることがない千葉県を目指します」 とスローガンを盛った 「地域ケア整備構想」 を作った。 しかし、具体的な施設整備計画について、県の担当者は 「基本的には市町村が決めること」 と強調する。 そしてこう続けた。 「団塊世代がみんな、老後も千葉に住むとは限りませんからねえ」


 在宅介護にも、縮減の波が押し寄せている。
  「残念ながら、もうヘルパーは呼べません」 。 今年3月、千葉市稲毛区の女性( 77 )は担当のケアマネジャーから告げられた。 足が不自由で、週2回、介護保険を使ってヘルパーに床掃除を頼んでいた。 しかし千葉市が1月、 「同居家族がいる場合は原則、掃除や料理などの生活援助サービスを介護保険では認めない」 と介護事業者らに通知。 夫( 82 )と2人暮らしのため、打ち切りの対象になった。
 4月からは、やむなくシルバー人材センターに掃除を頼んでいる。 全額自己負担のため、回数は半分に、費用は1.7倍になった。 2ヵ月に1度、年金から天引きされる約6千円の介護保険料がむなしい。
 自治体の独自サービスも絞り込みが進む。 千葉市花見川区の県営住宅に独りで住む女性( 76 )は、7月から毎月1万円近い負担増に見舞われた。 介護用おむつの購入代として市から出ていた補助金がカットされたためだ。 財政難が理由だった。
 女性は失禁があるため、おむつを使いながら外出し、何とか独りでやってきた。 年金の収入は月7万円余りにすぎず、 「出費は1日千円まで」 と決めてきた。 「私のようなところからむしり取らなくても、ほかに方法があるでしょう」 。 市の職員に補助の継続を直訴したが、取り合ってもらえなかった。
 公的なサービスがなくなればなくなるほど、 「老後はカネ次第」 になる。
 公務員として千葉市の給食施設で22年余り働いた70代前半の女性は、3年前から個室タイプの特養で生活している。 介護保険の1割負担と部屋代などの自己負担分を合わせて毎月10万円ほどかかるが、公務員として加入した共済年金に加え、会社員だった夫の遺族年金などで毎月17万円ほど収入がある。
 個室タイプは、プライバシー保護などを理由に厚生労働省が推奨してきた。 だが、4人部屋の特養に比べると入居者の毎月の負担は数万円も高い。 認知症が進んだ千葉市内の男性( 80 )は、妻が特養を探したところ、1ヶ所だけ 「すぐに入れる」 と返事があった。 しかし、空いていたのは個室タイプ。 夫婦の年金収入は合わせて月10万円足らずで、生活保護も受けていたため入居は認められなかった。 4人部屋の空きを待つ日々だ。
 千葉市美浜区のケアマネジャー( 34 )は、担当する要介護のお年寄り29人のうち5人が特養の入所を待つ。 「つなぎ」 として有料老人ホームやグループホームを提案するが、断って在宅介護を選ぶのは決まって所得が少ない人だちという。 「介護はおカネがものを言う世界。 悲しいけれど、これが現実です」