( 2019.03.01 )



 医師が診療の際に患者からよく聞かれることの一つに 「病気を治すために食事はどうしたらいいですか?」 という質問があります。 ニキビと食事の関係について語ります。


鏡を見て悩む女性医学的に根拠が乏しい食事療法は健康被害が
生まれる危険性があります
 勤務する病院の近くには、ニシンそばのおいしいおそば屋さんがあります。 外来診療や研究の合間、私も気分転換をかねておそばを食べに行くことがあります。

 おそばはグリセミック指数(Glycemic Index:GI)が低い炭水化物です。 GI値とは、炭水化物が消化され糖に変わるときのスピードを表す数値。 もともとは糖尿病などの食事指導に使われていました。 GI値が低いほうが太りにくい。 そのため、糖質制限ダイエットの流行とともに、GI値が低いものを選んで食べるGI食が一般の方にも広まりつつあります。

 お気に入りのおそば屋さんは病院に近いため、多くの病院関係者や患者さんが利用します。 テーブル間の距離も近く、周りの会話は自然と耳に入ってきます。
「食事に関しては何も言ってくれない」
「お医者さんはそういうところ弱いね」
 病院で診察を終えた後と思われるご年配夫婦の会話です。

 テレビやインターネットでは頻繁に 「〇〇(病気の名前)に効く食事」 といった内容の番組が取り上げられます。 その影響からか、外来では食事に関しての質問を受けることが度々あります。
「病気を治すために食事はどうしたらいいですか?」
 その質問に多くの医師は、
「バランスよく食べてください」
 と答えます。

 食べ物と病気の関係は、食物アレルギーなど原因がわかっている疾患以外、残念ながら不明なことが多いです。 正確に言うと、研究されているけれども決着がついていないものがほとんどです。

 先日も外来で20代の女性から質問を受けました。
「ニキビや吹き出物ができない食事を教えてください」
 さて、困った。

 吹き出物とニキビは基本的には同じ病気であり、毛穴の炎症です。 ニキビは専門的には 「尋常性ざ瘡じんじょうせいざそう」といいます。 ニキビの多くは、ニキビ菌(アクネ桿菌かんきん)と呼ばれる正常の皮膚に存在する菌による炎症です。 顔や胸、背中に多発します。 一方、吹き出物は毛包炎もうほうえんといい、通常は1個や2個しかできません。 黄色ブドウ球菌おうしょくぶどうきゅうきんという細菌が原因になることが多い皮膚感染症です。

 ニキビに炎症が起きた場合、ほとんどは7~10日で傷を残さずに治ります。 この炎症が何度も繰り返されると傷になります。 そのため、ニキビは悪化しないように2週間以内に治すことが大事です。

 ニキビと食べ物の関係は昔から指摘されています。

 チョコレートを食べるとニキビが悪化する。 外来ではこういった患者さんの自己申告を聞くことがあります。

 吹き出物の原因となる黄色ブドウ球菌やニキビ菌は、サイトカインという物質を免疫細胞から産生させます。 このサイトカインはもともと、細菌などを殺すために体の免疫細胞が放出する炎症性の物質。 このサイトカインが、皮膚ではニキビなどの炎症を引き起こす原因となります。 チョコレートは、ニキビ菌や黄色ブドウ球菌が引き起こすサイトカインの産生を増強させます。 つまり、チョコレートが皮膚での炎症を悪化させる可能性が試験管レベルで報告されています。

 牛乳とニキビの関係も報告があります。 4273人の少年を調べた研究では、牛乳やスキムミルク(脱脂粉乳)の消費量とニキビとの関係が認められたとあります。

 魚や野菜をあまり食べない人にニキビが多いとの報告もあります。 2016年、イタリアのグループは、魚を週3回以下しか食べない人のほうがニキビができやすいことを報告しています。 野菜やフルーツに関しても週3回以下の摂取はニキビの原因となる可能性があります。

 最近、インターネットで多く目にするようになったのがニキビとGI値の関係。 GI値が高い食事はインスリンを多く分泌し、血中インスリンの増加に伴って皮脂の分泌が亢進します。 そのため、低GI食はニキビの改善、予防に役立つと考える専門家もいます。 実際、韓国の研究グループは32人のニキビ患者さんをランダムにわけ、低GI食を食べた人たちが10週間後にニキビが改善したと報告しています。 このため、低GI食がニキビによいとする意見が増えてきました。

 しかし一方、別のグループが43人を対象とした試験では、GI値が高い群と低い群でニキビの改善の差が見られなかったとしています。

 このように、食べ物とニキビの関係はいくつか研究されているものの試験管レベルの結果であったり、反論があったり、はたまた不完全なものであったりします。 数十人規模での研究では集団によって結果が異なることもあります。 このため、チョコレートも牛乳も低GI食も、たまたまニキビに影響した研究結果になった可能性を否定できません。

 このことから、日本皮膚科学会がまとめた 「尋常性ざ瘡治療ガイドライン2017」 には ニキビに対する食事指導は推奨しない としています

 結果がしっかり出ていない食事療法を安易に推奨しないのには、理由があります。 それは極端に行うことで健康被害が出る危険性があるからです。

 2005年、大分県では民間の治療師を名乗る男性の食事療法により、皮膚疾患をもつ女性が死亡し、事件になっています。 この女性は体質改善という名目で、極端な食事制限を行い患者さんが肺炎で死亡しました。

 医学的に根拠が乏しい食事療法は健康被害が生まれる危険性があります。 炭水化物を少し控えようという心構えならよいのですが、極端に実践してしまう方がいます。 また、営利目的の悪用に使われることもあるため、安易な食事療法は勧められないのです。

 最終的に、ニキビに対する食事療法は医学的に根拠があるものはない、としかいえません。 私個人の意見としては、患者さん自身が特定の食材の摂取に伴いニキビの悪化を経験しているのなら、個人の経験を信じて良いと思っています。 ニキビに関しては、低GI食、魚、野菜がよく、チョコレート、ミルクが悪いなど、多くの報告があります。 極端な食事制限は危険であることを十分に念頭に置き、ニキビの悪化因子を探ってみてもよいかもしれません。 ただしそれは、あくまでも個人の経験であるということをお忘れなく。


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