親が認知症になって銀行のキャッシュカードの暗証番号がわからなくなったら、子どもであっても預金を引き出せません。 子どもが親の 「成年後見人」 になれば解決する ―― そう銀行から告げられた。 父親の成年後見人となって4年、 「成年後見人になるかどうかはもっと慎重に決めるべきだった」 と感じている。
2013年10月、私にまさかの出来事が起こります。 母が末期がんであること、さらに父の認知症がかなり進行していることが、同時に判明したのです。 母は年明けに危篤状態に陥り、医師から 「余命1か月」 と告げられました。 一方、父も腰の圧迫骨折で倒れて意識を失い、入院します。 この事態をどう乗り越えたらいいのか ――。 まずは親の財産を知る必要があると考えた私は、父のメインバンクの通帳をチェックしました。 そこには予想を超える預金があり、年金も十分振り込まれていることがわかったので、姉と話し合い、母をゆったり送り出すとともに、父を民間の介護施設に入所させようと決めました。 |
しかし、ここで大きく立ちはだかったのが 「お金問題」 でした。 親の入院費用や生活費、葬儀費用、父の介護施設の入所費、その他もろもろ ……。 それらの費用を工面しようにも、父の銀行のキャッシュカードの暗証番号を把握していなかったため、引き出せない事態に陥ったのです。 それでも発生するものは発生します。 私は自分の貯金から、それらの費用を捻出していましたが、この状態がずっと続くと考えると、不安だけが募りました。 ダメもとの気持ちで、銀行に直談判しに行くと行員と面談することになりました。 そこで、なぜお金が必要なのかを必死に伝えたところ、 行員が 「では今回は私の責任で」 と、当面の費用を引き出すことはできました。 しかし、肝心の暗証番号は教えてくれませんでした。 さらに預金の半分以上を占めていた定期預金の解約は 「名義人( 父 )の委任状がない以上、不可能です」 と言われました。 さらに私に 「お金問題」 が襲ってきます。 母の死去後、遺産相続が、お手上げ状態になってしまったのです。 金融機関の預貯金を遺産相続するときは、遺産分割協議書や金融機関に提出する書類に、相続人それぞれの署名が必要になりますが、母の死去などで当時、父の認知症の症状は悪化しており、とても自分で署名できる状態ではなかったからです。 そして極めつけの問題が起こります。 父の介護施設の入所契約は本来、子どもであってもNGで、子どもが行う場合は、父からの委任を受け、任意代理人となる必要があると、ある司法書士に言われたのです。 親のメインバンクのお金が自由に引き出せず、遺産相続も進めなくなった 「お金問題」。 さらに子どもであっても、介護施設の契約はできないという法律上のルール ……。 |
![]() その言葉を再び耳にした私は、すぐに成年後見人に関する本を購入します。 そこには、成年後見人さえいれば私が直面していた 「お金問題」 はすべて解決でき、さらに介護施設の入所契約も締結できると書かれていました。 実際、国の調査を見ると、成年後見人になろうとした動機は、 「預貯金等の管理・解約」 がグンを抜いており、そのほか 「相続手続き」 や 「介護保険契約( 施設入所等のため )」 も多く、私にとってこの制度は 「救いの神」 だと感じられ、私は成年後見人になる決意をしました。 その結果、どうなったのか。 父のメインバンクの預金は私が管理できるようになり、定期預金も解約できました。 遺産相続も、父の介護施設の入所も無事終わりました。 しかし、私の心には 「この制度は使ってはいけなかった」 という、強い後悔の念しか残っていません。 認知症になると、判断能力が低下するため、預貯金の管理や各種契約ができなくなります。 そうした人を、家庭裁判所の監督のもと、法的に支援する制度が 「成年後見制度」 です。 法定後見制度と任意後見制度からなり、判断能力がすでに不十分な人を支援する場合は、前者を利用します。 法定後見制度は 「後見」 「保佐」 「補助」 の3つの類型に分かれ、判断能力の程度によって、いずれかを選びます。 私の父のように認知症が進んでいる場合は、財産に関するすべての法律行為が代行できる 「後見」 になります。 その父を支援するのが、成年後見人というわけです。 この制度を利用するには、親が住むエリアを管轄する家庭裁判所に、成年後見等選任申立てを行う必要があります。 そして面談を経て、成年後見人が選任されます。 成年後見制度の大きな落とし穴 ―― それは、たとえ子どもが 「自分が親の成年後見人になります!」 と申し立てても、家庭裁判所が、不適任と判断すれば、専門職後見人( 弁護士や司法書士など )が選ばれることです。 幸いにして、子どもが後見人に選ばれたとしても、多くの場合、成年後見人を監督する成年後見監督人( 弁護士や司法書士など )が付くことになります。 私は、このパターンでした。 「普通は、子どもが選任されるのでは?」 と思うかもしれませんが、専門家に聞くと 「最近は不正防止のため、専門職後見人が選ばれるほうが一般的になりつつあり、あなたのケースのほうが珍しい」 とのことです。 誰が成年後見人に選任されるかは、面談時ではなく、1~2か月後に届く 「審判書」 に書かれています。 「自分( 子ども )が選任されないならば、この制度は使いません」 「成年後見監督人は不要です」 などの主張は、一切認められません。 私の場合は、面談時に 「この制度を使うか、姉と相談したいので、一度持ち帰ってもいいですか?」 と聞きましたが 「今、この時点で決めてください」 と言われました。 |
では、専門職後見人や成年後見監督人が付くと、何が問題なのか。 もっとも大きいのは、年間24万円程度の報酬が発生するという点です。 当然ですが、10年で240万円となります。 また専門職後見人が選任されてしまえば、たとえ家族であっても、後見を受ける親の財産のチェックができなくなります。 親の財産はすべて専門職後見人の手に委ねられることになり、1か月に必要な費用だけが与えられる形になるのです。 それ以外の費用は、いちいち 「〇〇のためにお金が必要です」 とお伺いを立てて、支払いを認めてもらわなければならなくなります。 では、専門職後見人や成年後見監督人が性格の悪い人だったらどうなると思いますか? 結論から言えば、私たちは一切リコールできません。 成年後見制度では 「自己決定権の尊重」 「残存能力の活用」 「ノーマライゼーション」 の3つを基本理念に掲げています。 簡単に言えば、本人に残っている意思や能力をできる限り活用し、その意思や能力を尊重していこうというものです。 しかし、私が父の成年後見人になって痛感しているのは、家庭裁判所は、 「本人の意思に基づくこと」 であっても、一切認めてくれないという点です。 母の死後、介護施設に入居した父と、飲食店で食事をしたとき 「俺がおごるよ」 と言ったことがありました。 当時、父の認知症の症状は持ち直ししており、普通の会話が成り立つことも多くありました。 だからこそ父の意思を尊重して、 「じゃあ、おごってもらうよ!」 と、その飲食代を父の預金から支払わせてもらいました。 成年後見人になると、家庭裁判所に1年に1度、財産の収支報告をする必要があるのですが、この出費には 「本人の意思とは立証できない」 ということで、認めてもらえませんでした。 同様の理由で、母が元気なときに、親子間で話し合っていた、相続税対策も一切できなくなりました。 年間110万円まで贈与税が発生しない 「暦年贈与」 を実行しようとしたら、裁判所からストップがかかったのです。 母の遺産相続についても、父は私に 「俺はいらないよ」 と言っていましたが、法定相続分に従わざるを得ませんでした。 家庭裁判所としては 「認知症を患い、本人の判断能力が低下しているから」 という言い分で、こうした行為を認めないわけですが、それでは 「自己決定権の尊重」 や 「残存能力の活用」 といった理念は、もはやどこ吹く風です。 |
今、強く思っているのは、成年後見人になるかどうかは、もっと慎重に決めるべきだったということです。 例えば、母の遺産相続については、当時の父は、母の死去による精神的な苦痛で、認知症が悪化しており、とても自分で署名ができる状態ではありませんでした。 結局、それが成年後見制度の利用につながるのですが、その後、父の容体は、少しずつ持ち直していきました。 なぜ、父の状態がよくなるのを辛抱強く待たなかったのか。 そうすれば、自分で署名ができたかもしれないのです。 親のメインバンクの引き出しについても、銀行に直談判することで、当面の資金は得ることができたのです。 だったらその後も何度も何度も足を運んで、直談判を繰り返すべきだったのです。 介護施設の入所契約に至っては、契約の際、施設の人から 「ご家族であれば成年後見人は必要ありません」 と言われました。 認知症を患う高齢者が増えている今、このような状況に陥るケースは、決して珍しくはないと思います。 それだけに強く訴えたいのは、成年後見人制度は、あらゆる手段を講じた結果、それでも 「利用する必要がある」 と、最終的に判断したときに限って、利用を検討すべきだということです。 早まってこの制度を使えば、大きく後悔することになります。 さらにいえば、親が元気なうちから、親の銀行口座の暗証番号を把握するなど、事前の対策を行うことも大切です。 ここではっきり伝えたいのは、成年後見制度を一度使えば、後見を受ける人が亡くなるまで、やめることはできないということです。 そのことをぜひ肝に銘じてください。 |
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私は葬儀社の役員として、15年以上にわたって年間1000件を超える葬儀供養などの相談に携わり、子どもが親を見送るという儀式に何度も立ち会ってきましたが、親が亡くなることで起きる悲劇も多く見てきました。 わずかな遺産をめぐって、遺族間で骨肉の争いに発展したり、誰が墓の管理をしたらいいのかでもめたりします。 親が元気で生きているうちに話して決めておけばいいことはたくさんあります。 その1つがおカネの問題でしょう。 |
2015年に総務省が発表した 「高齢夫婦無職世帯の家計収支」 によると、高齢の夫婦( 夫65歳以上、妻60歳以上 )の場合、1カ月の生活にかかるおカネは平均27.5万円。 年金などの収入は平均21.3万円で、毎月6万円以上が不足している計算になります。 2013年に生命保険文化センターが行った 「生活保障に関する調査」 によれば、ゆとりある老後生活を送るためには1カ月あたり35.4万円が必要になるという結果も出ています。 たとえば65歳のリタイア後から男性平均寿命80歳までの15年間、最低限の生活を送るために毎月6万円が不足したとすると 「6万円×12カ月×15年=1080万円」。 ゆとりある生活を前提とすれば毎月の不足は14万円となる計算で、 「14万円×12カ月×15年=2520万円」 という莫大な支出になります。 足りないぶんは、貯金をはじめとする、資産を取り崩していくしかありませんが、この35.4万円の中には介護や医療に必要なおカネは含まれていません。 健康であることが大前提なのです。 状況によっては、親の介護費用や入院代、葬儀代を、子どもであるあなたが負担することもありえます。 まずは、早めに親の資産状況を把握しておきましょう。 です。 使わないものは解約する。 現金に換えていくなど、無駄を省くことが先決です。 順にポイントを解説します。 |
① 預金口座を把握しておこう まずは預金口座です。 親世代は口座をたくさん開設している可能性が高い。 眠った資産になるのを防げる親が元気なうちに、どの金融機関に口座があるかを把握しておきましょう。 本人が認知症、もしくは亡くなると、調べるのが困難になります。 以前、親の死後に口座が凍結されてしまい、葬儀代をおろすことができなかったお客さまがいました。 銀行などの金融機関では、故人の口座は相続関係が確定するまでは解約できない決まりになっています。 一部の相続人が勝手に預金を引き出して、ほかの相続人の権利が侵害されるのを防ぐためです。 遺言書がない場合、相続人全員が話し合い 「だれが相続するか」 もしくは 「だれが代表としていったん受け取るか」 が決まれば解約できます。 金融機関によって違いはありますが、手続に必要な主な書類は です。 これは非常に骨の折れる作業です。 何せ 「相続人全員分」 です。 前述のお客さまはとても誠実な方で、全員分の了承を得て、口座からおカネを引き出し、葬儀代を支払っていただきました。 かつては安易に口座の開設ができたので、複数の口座をもっている可能性があります。 なかにはまったく使われず、眠った資産になっている口座もあるかもしれません。 まずは、どこの銀行にいくつの口座があるのかをはっきりさせ、それぞれ記帳をしてもらい残高を明確にしておきましょう。 そして必要な口座をしぼっていきます。 そのためにも毎月、通帳記入する習慣をつけるとよいですね。 ② 不動産は共有名義や価格に注意 次に忘れてはいけないのが不動産です。 不動産は資産価値が高いので、介護や医療で急におカネが必要になったときに助けとなります。 ただし親が元気なうちに、不動産の種類、所在、名義人について把握しておかないと、親の死後にトラブルになりやすいのも事実。 とくに共有名義の不動産は要注意です。 共有名義のまま次世代が相続すると、持ち分がどんどん細分化するおそれがあります。 共有名義人の中に、面識のない人がいる場合などは、いざ売却したいときに売れないこともあり、非常にトラブルになりやすいので要注意です。 縁もゆかりもない土地の山を所有していたなんていう話も聞きます。 また、不動産は遺産相続争いの火種になることも。 親が生きているうちに、売って現金にして分けるのか、だれが相続するのかを決めておく必要があります。 相続税がかからない総資産の最低額が5000万から3000万円に引き下がったため、想像以上に相続税がかかることもあります。 不動産の価格をチェックして、相続前に節税対策も考えておきましょう。 |
③ 保険は整理しておこう 親の世代は保険会社にすすめられるままに、いろんな生命保険に加入していることが多く、内容を把握できていないことも。 無駄な出費につながるので、一度、整理することをおすすめします。 「お父さんの保険、もっとお得な保険になるかもよ。 一度相談してみない?」 などと言って、いっしょにファイナンシャルプランナーなどの専門家に相談してみるのも手です。 老後の生活設計も見てもらうことができれば、一石二鳥です。 保険は病気になってしまうと、なかなか加入できません。 元気なうちに、今の生活に合った保険に見直しましょう。 家や土地を長男に相続させる代わりに、保険金の受取人を次男にするなど、相続と保険の受取人についてはセットで考えておくと良いでしょう。 ④ 借金は連帯保証の有無を確認せよ そして、親に借金やローンがあるかないかは、確認しておくべき重要なポイントです。借金があったら、どれくらいの返済額が残っているのか把握しておきましょう。 負債を残して親が亡くなったとき、負の遺産を引き継ぐのは子どもだからです。 弁護士によると、負債がらみのトラブルは、高齢者が連帯保証人になったことで起きるケースが多いそうです。 親族、友人、勤務先などから頼まれて、家族に内緒で連帯保証人になっていることがあります。 親が亡くなったときには、連帯保証人になっていることがわからず、数年後に判明することも。 また親本人も忘れがちなのが、若いころに契約した連帯保証です。 それが、人生も終盤にさしかかった今になって連帯保証人として借金を請求されてしまうのです。 連帯保証といえども立派な借金なので、返済できなければ、家を失う、破産するといったこともあります。 生前から、親の交友関係やいろいろな書類に目をとおし、連帯保証人になっていないか、可能なかぎり確認しておくことが重要です。 また、すでに判断能力に問題があった場合に連帯保証人になったときは、契約を取り消せる可能性もあります。 専門家に相談してみましょう。 |
⑤ 株券や貸金庫を見落とすな 最後に 「株券」 や 「貸金庫」 です。 親が所有していることに気づかずに、見落としがちな資産です。 FX( 外国為替 )や株、投資信託などの有価証券は、つねに価格が変動していて、亡くなったあとに損を出している可能性もあります。 上場株式の株券は2009年以降、電子化されており、株券そのものを所有している人は少なくなっています。 今も株券そのものを所有している人は、証券会社などで、電子化の手続をおすすめします。 電子化前の株式で、名義を書き換えていないと、最悪の場合、株主としての権利を失うこともあるからです。 そして見落としやすいのが非上場株。 親族や友人が経営する会社の株を保有している場合は、取引している証券会社などの残高明細にも載ってこないため、把握しにくいので注意しましょう。 受け継ぐ意思がないなら、負の遺産とならないように、親が元気なうちに、株は現金化するのがよいですね。 そのまま引き継ぐ場合は、早めに確認しましょう。 貸金庫には、証書、戸籍謄本、土地の権利書、宝石などが入っているケースが多いですが、なかにはお葬式や遺言に関する書類が保管されていることもあります。 お葬式の希望について書かれた書類は、葬儀後に発見されても意味がありません。 遺言書も相続が執行されたあとに発見されても、手遅れ。 存在に気づかず、親の最後の希望をかなえてあげられないなんて、とても悲しいことです。 このように貸金庫の中には予想もしていなかった書類や財産が残されているかもしれないので、あらかじめ存在の有無を確認しておきましょう。 「親とおカネの話をするのは、何だか気が重くて……」 と言う人がいますが、話さなかったことで損したり、苦労したりするほうが、よっぽど大変です。 おカネは生きることを支える手段。 人生のすべてではありませんが、親とおカネについて話しておくことは非常に大事なことです。 |