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 職場でうつ病状を訴える人が増えている。 責任感が強く、人一倍に気を遣う人がなりやすい 『従来型うつ』 に加え、最近目立つのが、自己主張の強い 『未熟型うつ』。 職場は、上司は、うつの同僚・部下にどう向き合えばよいのか。



サボリか、病気か? 増殖する“未熟型うつ”

 皆さんが “うつ病” という言葉を聞いた時に、どのような病気を想像するだろうか。 「真面目で几帳面で思いやりがあって仕事熱心な人が、仕事や私生活で気を遣い過ぎるがあまりに無理に無理を重ねた結果、気分の落ち込みや意欲の減退が生じる病気」 といったイメージではないだろうか。
 確かに、このような過労型のタイプのうつ病が日本において非常に多く、これに対し国も過重労働対策を中心としたメンタルヘルス( 心の健康 )対策を推進している。 しかし 最近、このようなタイプのうつ病とは違ったうつの病態の存在が指摘され始めている。 具体例を見てみよう。
「俺は本社で活躍すべき人材」
  休職中気晴らしの競馬、合コン

    《 山田さん( 仮名 )・28歳男性 大手総合食品メーカー勤務 》

 山田さんは東京都内の一流私立大学出身で、日頃から仕事と私生活を両立させるワークライフバランスを重視していた。 入社後は本人の希望した本社営業部に配属されたが、製造工場の契約社員や関連会社への横柄な態度が問題となっていた。
 入社6年目に地方の製造工場の総務課に異動となった。 工場勤務になってからは、本社への報告などは執心に行うものの、工場の総務業務に関しては最低限の仕事をするのみで、本社の同僚には「俺は本来、本社で活躍すべき人材であって、作業服を着て現場で働くべき人間ではない」 などと不満を漏らしていた。 そのような勤務態度が工場長から本社人事本部長に報告され、叱責されたこと をきっかけに職場に来なくなった。
 工場には、「職場でのパワハラが原因でうつ状態となったため、3ヵ月の自宅療養が必要」 という旨の診断書が郵送されてきた。 電話で本人に聞くと、「工場長から本社にでたらめな事実を報告され病気になった」 という。 仲の良い会社同僚の話では、療養中にも気晴らしと称して合コンや競馬には出かけているとのことで、周囲からも疑問の声が上がっている。
 このような事例について、「会社を休んでいるのに合コンに行くなんて、単なるサボリであって、うつ病ではない」 といった意見も少なからずあるだろう。


10年で患者数2.4倍 広がる “うつ” の概念

 最近では “うつ” という言葉が比較的抵抗感なく使われ始めている。 電車で女子高生が、「明日から試験だね、マジうつ」 とか「昨日の夜、彼氏と電話で喧嘩しちゃった、ちょっとプチうつモード」 などと話すのを耳にする。
 一言で “うつ” と言っても、何かストレスになる出来事が起こり、その結果としてやる気がなくなったり気分が落ち込んだりした状態を示す「うつ状態」 から、DSM-ⅣやICD-10といった専門的な診断基準を満たす「うつ病」 まで幅広い概念が存在する。
 うつ病に対する啓発活動が進み、製薬会社のプロモーションも功を奏し、日本ではうつ病治療を中心とする精神科医療への障壁が下がっている。 それは、うつ病をはじめとする気分障害の患者数が、1999年の44万1000人から、2008年には104万1000人まで増加したことからも窺い知ることができる。  しかし、うつ病と診断される患者数がこの10年間で約2.4倍に増えたことを、単純に「啓発活動により、今までは病院にかかることのなかった患者が受診するようになった結果」 とのみ考えることには無理がある。 多くの精神科医がうつ病の軽症化を指摘しているように、従来はうつ病と診断されるような病態ではなかったものに対してまで、うつ病の診断が下されるようになった側面は 否めない。
 つまり、最近になって “うつ” の概念が、従来の精神障害としての位置づけから、もっと広い病態をも包含する概念として拡大しているといえる。 先ほど事例として紹介した “うつ” も、まさに拡大した概念の一病態といえるだろう。
 紹介した事例は、いわゆる。 未熟型うつと呼ばれる病態である。 従来、うつ病は真面目、几帳面で社会的規範を重視し、他者配慮にあふれた常識人、すなわち極めて成熟した人格を持つ人に発症する病気だと考えられてきた( これを以降、“成熟型うつ”と呼ぶ )。
 しかし、先の事例ではどこか不真面目な雰囲気を持ち、社会的規範を嫌い、自分勝手に振る舞う、いわゆる未熟な人格を持つ人が職場の不適応を起こしてしまったため、“未熟型うつ”と呼ばれる。


うつの診断基準は原因ではなく症状

 この“未熟型うつ”を病気と考えるべきなのか否かについてはさまざまな意見があるが、これは病気をどのように定義するかに依る。
 つまり、「薬や療養により治癒するもの」 を病気とするのであれば、薬を飲めば気分が楽になり、さらに療養により元気を取り戻すことができるものの、再び職場という環境に戻れば同じように不適応を起こす可能性が極めて高い( つまり治癒していない )“未熟型うつ”の場合、病気ではないということになる。
 しかし、病気を「不快や苦痛・悩みにより、その人の持つ能力を十分に発揮できない状況」 と定義するのであれば、本人も社会にうまぐ適応できないことで苦痛を感じ、十分に自分の能力を発揮できていないこの“未熟型うつ”はやはり病気だということになる。
 ちなみに、精神科医は前述のDSM‐ⅣやICD-10といった診断基準を用いて心の病気について診断を下すが、この診断基準は、病気の原因ではなく、その時に表れている症状によって精神障害を定義し、複数の特徴的病状が認められるかどうかで診断を下す特徴がある( 操作的診断基準と呼ばれる )。 「働き過ぎで病気になった」 「真面目な性格が病気の一因だ」 などという原因は、何らうつ病の診断根拠になっていないのだ。 気持ちが落ち込む、眠れない、不安だなどのその時に表れている症状のみに注目して診断を下すことが通常の方法といえる。
 しかしながら、“未熟型うつ”が学術的にうつ病に該当するかどうかや、そもそもうつ病の診断基準がおかしいのではないかといった専門家的な議論は、企業の現場ではあまり意味を持たないように思う。 なぜなら、企業の現場においては、 “うつ” というフレーズの入った診断書が提出されれば、“うつ病”として対応しなければならない現実がある からである。


職場要因と固体要因の中間に位置する病気

 それでは職場において、この未熟型うつをどのように考えていけばいいのだろうか。
 産業医学を専門に扱う立場からは、疾病の成り立ちを左図のように、職場環境要因と、患者個人に依る個体要因の2つを用いたモデルで説明する。  例えば、数年前に問題となったアスベストの吸引に伴う悪性中皮腫( 肺がんの一種 )は、本人の個体要因に関係なく、一定量以上のアスベストを吸引すれば相当の確率で悪性中皮腫を発症するため、疾病の位置づけとしては右端に位置する。
 それに対して、虫垂炎( いわゆる盲腸 )では、「職場環境が悪くて盲腸になった」 と主張する人がいないように、虫垂炎の発症は体質や食生活、運動習慣などの個体要因がメーンの疾病であり、位置づけとしては左端になる。
 このモデルでは、うつ病はどこに位置するのだろうか。
 例えば月100時間以上の残業をしたら9割方の人がうつ病になるのであれば、右端の疾病と位置付けられるし、職場環境要因と全く関係なく発症するのであれば左端に位置することになる。
 しかし、実際にはうつ病は同じように厳しい環境にいても罹る人と罹らない人がいることからも分かるように、職場環境に加えて個体要因も無視できない病気、すなわち両者の中間に位置づけられる病気であると言える。
 そして、同じうつ病( 専門的にうつ病かどうかは別にして、企業においてうつ病と扱われているもの )のなかでも、成熟型うつは過重労働環境のような職場環境要因が主因となることが多いため、うつ病のなかでは右側に位置づけられる。 一方、未熟型うつは、職場環境要因がそれほどひどいものでなくても、個人の持つ社会的適応力の低さから発症するため、うつ病のなかでは左端に位置 づけられる。
 つまり、同じうつ病の中にも、職場が配慮することで病状が改善し、職場復帰がスムーズにいく事例もあれば、職場が配慮をしても本人の社会的適応力を回復させないことには職場復帰が困難な事例もある点に、注意が必要である。


未熟型うつを「戦力」 にする3つのポイント

 ここまで “うつ” の概念の拡大と“未熟型うつ”について、どう考えるのかを述べてきた。 それでは、薬物療法や休養だけではなかなか改善が見込めない、この“未熟型うつ”に対し、企業はどのように対応するべきなのだろうか。
 企業の人事労務担当者の多くは、このような “うつ” の概念の拡大について一定の理解を示しているものの、やはり、サボリやクレーマーのように見える“未熟型うつ”を許すことができずに、何とか企業として排除したい、あるいは、そもそも採用しないようにしようとする動きが世の中の趨勢であるように思われる。
 確かに高度経済成長のなか、勤勉に働くことが最上の倫理と考え、自分の時間などを顧みることなく働いてきた50代、60代の世代からみれば、そのように思うことはごく自然なことのようにも思える。
 しかし、ゆとり教育世代、すなわち規範よりも個性が尊重される世の中で育った若者たちがどんどん社会に出始めるこれから十数年間は、このような“未熟型うつ”がますます増えることが予測される。
 このような“未熟型うつ”を単純に職場から排除しようと思えば、世界的に見ても労働者寄りの労働法制が敷かれている日本では、相当の労力と、さまざまなトラブルに立ち向かう覚悟が必要になり、決して建設的な対応とはいえない。
 だからこそ精神科産業医は、彼らをうまく社会的に成熟した戦力に育て上げるという人材育成の視点で望むことが重要だと考えている。 彼らは決して悪い人でも能力の足りない人間でもない。 ただ単に少しばかり大事に育てられたが故に、社会的規範に対する適応力や、人の痛みを理解する情緒的余裕が欠けてしまっているだけなのである。
 逆に考えれば、能力的には何の問題もない( むしろ教育水準の高い )彼らに対しては、きちんと人の痛みを理解し、社会的規範に適応できるように成長を支援すれば、必ずや企業にとっても重要な戦力になってくれるはずなのである。
 ここで、この“未熟型うつ”を社会的に成熟した立派な戦力に育て上げるための支援のポイントを簡略に3点に整理してみたい。


① 仕事の意味や位置づけ、社内における必要性を理解させる

 能力的には高いが人格が未熟な人の場合、合理的で過剰に論理的な一面が見られる。 そのため、「仕事の意義」 が分からないと「やらされ仕事」 と認知し、他責的に他者を非難するか、回避的に落ち込むといった反応を示す。
 そんな彼らの成長を支援するためには、仕事の意味や位置づけ、社内における必要性を十分に理解させ、その結果として「一見とるに足りないような退屈な仕事に思えても、会社においてはどのような仕事にも意味があり、それぞれの労働者がその一翼を担うことで成り立っているのだ」 といタ意識を芽生えさせることが有用である。


② 仕事が忙しく大変な時期は、仕事の段取りや行先を明確に指示する

 過保護的な成育環境で育ち、人格が十分に成熟していない人の場合、自分で困難な局面を解決したことがないため、職場でもつらく大変な場面に出くわすと、このつらさが一生続くのではないかと悲観的に考えてしまう。 そのような思いから、「もうこの部署では無理だから異動させてほしい」 などと、現状を回避しようとしてしまう傾向がある。 この時に部署を異動させれば一時的には落ち着くかもしれないが、おそらく新しい部署でも大変な局面になれば同じように回避的な行動をとってしまう。
 そのため、単につらい環境を変えてあげることで対処するのではなく、「今月の山を越えれば、来月以降は少し楽になるから、みんなで有給休暇を取ろう」 などと先々の見通しを示し、仕事の全体像を把握させるような労務管理術が効果的といえる。


③ 自信のない部分を支え、やみくもに負のスパイラルに陥らせない

 人格が十分に成熟していない人の場合、自分ひとりの力で何かを成し遂げた経験の少ない割にプライドが高く、傷つくことに対して過度に敏感なことがよくある。 自分が失敗して、評価を下げ、非難され、傷つくのを怖れるがあまりに、新しいことに積極的になれず、能動的に仕事に取り組めない一面がある。
 そのような場合には、「前回はこれだけできたのだから、今回はもう少し努力をすればこなせるはずだよ。 不安な部分はきちんと支援するから思い切ってやってくれ」 と、本人の自信のない部分を支え、本来であれば十分に出来るはずのことまで出来ないと考えてしまう負のスパイラルに陥らせないことが重要である。
 このような対応で“未熟型うつ”の人たちと接していくと、十分に人格が成熟し、会社の戦力となっていくが、1、2ヵ月の対応で人材が育つわけはない。 少なくとも1、2年のスパンで根気強く彼らに接していくことも不可欠なのである。
 そのように考えてくると、企業側にもある程度の余裕と懐の深さがなくては、未熟を成熟させる人材育成は難しいといえる。 低迷が続く日本経済のなかで、企業が人を育てる余裕がなくなっていることも、この未熟型うつ増加の一因になっているのかもしれない。


うつ病の基礎知識
原因
 うつ病が発病するメカニズムは、いまだ明らかになっていない。 動物実験をもとに、うつ病の状態にあると、脳内のセロトニン、ノルアドレナリンといった神経伝達物質が欠乏しているとの仮説や、神経細胞の突起が萎縮しているとの仮説がある。
診断基準
 精神疾患の診断基準は、米国精神医学会が作成したDSM-Ⅳ-TR( 下表 )がよく用いられる。 世界保健機関( WHO )のICD-10( 国際疾病分類 )は厚生労働省が使用を勧めている。
治療法
 主な治療法として、薬物療法と精神療法がある。
 主な抗うつ薬の種類には、三環系、四環系、SSRI、SNRIがある。 いずれも神経伝達物質が神経細胞によって吸収されるのを防ぎ、細胞の間にある伝達物質を増やす作用がある。 それぞれ、作用の仕方や副作用の出方は異なる。
 精神療法は面接が中心。 うち認知療法では、うつ病に陥りやすくする自分の物事の捉え方や行動の癖を知り、修正していく。
DSM-Ⅳ-TR( うち大うつ病エピソード )の概要
以下のうち5つ以上( うち少なくとも1つは●の項目 )が同じ2週間にあり、以前とは異なる状態にある
ほとんど毎日
ほとんど一日中
●抑うつ気分
●ほとんどすべての活動における興味、喜びの著しい減退
ほとんど毎日 ○食欲の減退または増加
○疲労、または気力の減退
○無価値観、または過激な罪責感
○不眠または睡眠過多
○精神運動性の焦燥または制止
○思考力や集中力の減退、または決断困難
○死について繰り返し考えたり、自殺を考えたりする
躁うつ病の基準を満たさない
著しい苦痛、または社会的、職業的に機能障害を引き起こしている
薬物や身体疾患によるものではない
死別反応ではうまく説明されない



           

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