夏の高校野球予選で、肘に違和感を感じたエースの登板を回避した大船渡高校に抗議の電話が殺到した。 相変わらず、 「無理を押してでも頑張れ」 という、根性信仰とでもいうべき異常な価値観が蔓延しているのだ。 ブラック企業にもよく見られるこの 「信仰」 のせいで、今なお大勢の若者が心身を壊し、時に命まで落としているというのに。
大船渡高校エースの登板回避で 抗議電話が殺到する事態に |
![]() 夏の高校野球岩手県予選で、県立大船渡高校のエース佐々木朗希投手が、肘の違和感を訴えていたので、監督が登板を回避したところ、球場では怒りの 「ヤジ」 が飛び、高校にも 「なぜ投げさせなかった!」 という抗議電話が250件以上も殺到。 野球部関係者の 「安全確保」 のために、警察が出動する事態にまで発展したというのである。 クレーマーたちは野球賭博でもやっていたのかと困惑する方も多いだろうが、ご乱心ぶりはそれだけにとどまらない。 「ご意見番」 として知られる野球評論家の張本勲が、 「サンデーモーニング」 でこんな発言をしたのだ。 「苦しい時の投球を、体で覚えて大成した投手はいくらでもいる。 楽させちゃダメ。 スポーツ選手は」中学・高校で起きる事故の半分以上が運動部で起きており、その数は年間35万件にものぼる。 その中の多くは、スポーツ科学の 「か」 の字も知らぬ、 “ド根性監督・コーチ” が課したオーバーワークによる 「人災」 だということが、さまざまな調査で明らかになっている。 国や自治体の 「部活動ガイドライン」 は、そんな昭和の価値観を引きずる “ド根性監督・コーチ” の暴走を防ぐ目的で生まれたのだ。 そういう今の学生スポーツの深刻な問題をまるっきり無視して、前途のある青少年に進んで 「破滅」 を促すような発言は、さすがにダルビッシュ有選手をはじめ、多くのプロアスリートから批判されている。 スポーツを愛し、生涯の仕事としてキャリアを重ねる人たちからすれば、極めてノーマルな反応といえよう。 |
スポ根はブラック企業と とてもよく似ている |
ただ、個人的にクレイジーだと思うのは、この騒動を受けてもなお、 「張本発言」 を強く支持する方たちが、世の中にはかなりいるということである。 彼らの主張をまとめると、ざっとこんな感じだ。これを見て勘のいい方は、もうお気づきだろう。 一見すると、漫画の 「巨人の星」 や 「キャプテン」 で見られた昭和のスポ根的世界観のようだが、よくよくその言葉を噛み締めてみれば、ブラック企業の経営者やパワハラ上司たちが言っていることと丸かぶりなのだ。 これまで、死者を出すほどの過重労働が問題となった企業の経営者や、部下を心療内科送りにしたパワハラ上司の方たちと実際にお会いして、 「言い分」 を聞く機会がたびたびあったが、確かにこれと瓜二つの主張をよく耳にした。 例えば、過重労働で自殺者を出した企業の経営者は、 「無理にやらせているわけではなく、帰れと言ってもみんな残業をする」 とか 「みんな自分の夢の実現のため、休日出勤や時間外労働をしている」 なんて感じで熱弁をふるっていた。 とにかく苦しくなると、 「本人の意志」 とか 「夢」 という言葉を持ち出して、劣悪な環境やパワハラを正当化するあたりが、ブラック労働と 「根性野球」 の支持者は、怖いくらい似ているのだ。 なぜこうなってしまうのか。 答えは簡単で 「子ども」 と 「社会人」 という違いはあるが、基本的に見ている世界、目指す理想が同じだからだ。 白球を追いかける球児、祈る女子高生なんて爽やかイメージでチャラにしようとしているが、そこで行われている坊主強制・連帯責任・理不尽なシゴキ・先輩による後輩イジメなどハラスメントの数々は、ブラック企業とさほど変わらないのだ。 清く正しく美しい高校野球を侮辱するとは何事だ、と今すぐ抗議の電話をかけたくなる方も多いかもしれないが、その醜悪な現実を、これ以上ないほどわかりやすく世に知らしめた高校がある。 去年の夏、日本中から 「感動をありがとう」 の大合唱が起きた秋田県の金足農業高校だ。 |
「自分の意思」 で 破滅への道をひた走る |
今年7月16日の秋田大会で金足農は敗れた。 その試合後、チームを引っ張ってきた3年生の主将は涙ぐんで 「正直、本当につらかった」 と述べた。 だが、これは高校生が 「部活」 という課外活動で経験する 「つらさ」 のレベルをはるかに超えたものだった。《新チームとなってから、いつも周囲から 「あの金足農の選手」 と見られた。 秋の県大会では準々決勝で敗退。 冬の厳しい練習で追い込もう。 そう意気込んだ矢先の今年1月、練習中に突然倒れて意識を失った。 精神的な要因で手足などにまひが残るとされる 「転換性障害」 との診断。 足が動かなくなり、車椅子生活が4カ月間続いた。》(朝日新聞2019年7月16日)朝日新聞なので、部数激減を “甲子園ビジネス” でカバーしようとでもいうのか何やら感動ドラマっぽい話になっているが、これを社会人に置き換えてほしい。 どうひいき目に見ても 「ブラック企業」 の犠牲者のエピソードではないか。 もちろん、この主将は誰かに強制されて厳しい練習をやっていたわけではないだろう。 「自分の選んだ道」 「自分の夢」 として、甲子園を目指し過酷な練習をしていた。 自分のために頑張り、自分のために歯を食いしばっているうちに、精神が追い詰められてしまったのだ。 ただ、それはブラック企業もまったく同じである。 電通で 「過労自殺」 した女性社員をはじめとした、ブラック企業の犠牲者のほとんどは、自分の夢の実現のために、そのハードな職場環境へ自ら身を投じ、自らの意志で過重労働をしているうちに心と体を破壊した。 しかし、そこには 「お前が選んだんだから」 と陰に陽に過度な頑張りを奨励する経営者や上司たちがいたはずだ。 要するに、 「自分が選んだ道」 や 「自分の夢」 という言葉を呪文のように繰り返すことで、若者を洗脳して精神的、肉体的に追い込んでいくという、いわゆる 「やりがい搾取」 というやつだ。 |
破滅へと突き進む若者を止めない大人たちの罪 |
高校野球で若者が壊れていくプロセスも、まったく同じである。 みな自分の意志で無茶をする。 肩が壊れるまで投げさせろと懇願する。 熱中症になるまで自分を追い込む。 この 「やりがい搾取」 が恐ろしい悲劇しか招かないというのは、やはり金足農を見ればよくわかる。 試合に敗れた数日後、地元紙にこんな記事が出ている。 《金足農業高校の野球部関係者から、部員が練習後に体調不良になったと119番があった。 市消防本部によると、6人が手足のしびれや頭痛など熱中症とみられる症状を訴え市内の病院に搬送された。》(秋田魁新報 2019年7月22日)彼らの夏は終わった。 しかし、秋の大会へ向けて、また自分たちを厳しく追い込んでいたのだろう。 「この悔しさがバネになるんだ!」 とか感動する人も多いかもしれないが、まったくそう思わない。 ブラック企業で、自分を追い込んで、追い込んで、しまいには心身を壊してしまう若者たちの姿が重なってしまうからである。 このように高校野球もブラック企業も本当に恐ろしいのは、未来のある若者たちが 「みんなのため」 と叫びながら、次々と 「破滅」 していくことなのだ。 しかも、そういう愚かな行為を本来止めなくてはいけないはずの大人や上司が 「よし!よく言った」 「悔いのないように完全燃焼しろ!」 なんて感じで後押しをする。 これこそが、夏になるたび球児が熱中症でバタバタと倒れ、中には深刻な障害が残ったり命を落とす者が後を絶たない理由である。 だからこそ、涼しい季節の開催や球数制限などの 「ルール」 が必要なのだ。 ブラック企業問題を、経営者の 「良心」 や 「自主性」 に任せても絶対に解決ができないのと同じで、部活問題も、 ”ド根性監督・コーチ” が 「科学的指導」 に目覚めるのを待っていては、犠牲者が増えるだけだ。 むしろ、少子化で公立の場合、野球部員の数が急速に減っていくので、 「私立の強豪と張り合うには、向こう以上に厳しい練習をするしかない!」 なんて感じで、よりハードな 「根性原理主義」 へ傾倒していく恐れがある。 |
まったく科学的でない 時代遅れの 「根性信仰」 |
そのあたりは、適当なフィーリングで述べているのではない。 6月7日に開催された 「投手の障害予防に関する有識者会議」 (第2回)の中でも、スポーツ整形外科医師の正富隆委員は、 「全ての指導者の方がすばらしい指導者であれば、我々医者は球数制限なんて言わないと思います。 残念ながら指導者に潰されている選手をたくさん診ているから、何とか球数制限で守ってやるしかない」 と苦言を呈している。 こういう科学的な指摘を、日本高等学校野球連盟(高野連)も、その下にいる小学校・中学校の野球関係者も無視してきた。 「根性こそが強くなるためには必要」 という、信仰にも似た思い込みがあるからだ。 現在、ラグビーのイングランド代表チームを率いるエディ・ジョーンズ氏は、サントリーの監督時代、日本の部活文化を知るため、 「スクール・ウォーズ」 を3ヵ月かけて全部見たという。 その時のことについて、 「部活が危ない」(講談社)の著書・島沢優子氏がインタビューをしたところ、ジョーンズ氏はこう述べている。 「感想は … ジャスト・スチューピッド(Just stupid=バカバカしい)。 戦時中とかではない。 ほんの二十数年前に作られたドラマだということが信じられなかった」 そんなジョーンズ氏に、高校球児に肩が壊れてもいいから投げろという日本人が多いことについて尋ねたらどうか。 きっと、こう言うのでないか。 「狂っている」 ──。
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夏は薄着になる季節。 ダイエットや健康維持のために運動をしている人は少なくないだろう。 疲れがピークに達しているのに走る距離を伸ばすなど、時に無理をしたくなることもあると思うが、運動が命を脅かす悲劇を招くこともあるようだ。
![]() 病院に行くと、医師に 「横紋筋融解症」 と告げられたそうだ。 横紋筋融解症とは、過剰な運動などによって壊死した筋肉繊維が、血液に入り込む病気。 深刻化すると腎不全を引き起こし、最終的には死に至る可能性もあるという。 幸いにも、女性は腎不全を引き起こすことなく順調に回復した。 女性が若かったこととすぐに受診したことが、症状が深刻化しなかった要因の一つであると医師は話していたという。 このニュースが世界に広がると、ネット上では 「運動をやり出したら止まらなくなる気持ちは分かる」 「運動が死を招くなんて怖い」 「いくらなんでも1000回はやりすぎ。 筋肉の負担を考えなかったのか」 などの声が挙がっていた。 海外の科学ニュースサイト 『Live Science』 によると、横紋筋融解症の原因には、マラソンなどの激しい運動や熱中症による体温の上昇のほか、自動車事故などの外傷が挙げられるという。 オハイオ州立大学ウェクスナー医療センターのスポーツ医学医者・ブライアント博士によると、横紋筋融解症を発症する場合、運動後に筋肉の痛みと筋肉の疲労を感じることが多いという。 さらに、同博士は予防法として、 「運動中に十分な水分補給をすることで横紋筋融解症の発症を防ぐことができる」 と同記事の取材に対し、アドバイスしている。 また、 『厚生労働省 重篤副作用疾患別対応マニュアル 横紋筋融解症』 によると、横紋筋融解症は、最初は筋肉痛の症状と似ているため見過ごされることもあるが、筋肉痛のほかに 「手足がしびれる」 「手足に力がはいらない」 「手足・肩・腰などの筋肉が痛む」 「全身がだるい」 「尿の色が赤褐色になる」 といった症状が出てくるそうだ。 このような症状が見られる場合、横紋筋融解症の可能性もあるので早めの受診が必要だと呼び掛けている。 限界を感じているのに運動をし続けることで、身体に重大な危険をもたらすこともあるようだ。 普段から運動を習慣化して身体を慣れさせたり、辛いと感じたらすぐに運動をやめるなど、運動は無理のない範囲で行うのが賢明だろう。 【記事内の引用について】 |