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( 2019.03.14 )



 日本で近年子どもの習い事として人気が復活してきている 「そろばん」 ですが、実は海外でも教具として注目されています。 しかし、海外のそろばん教育は日本のそれとはまったく違うものでした。 また、日本でも今、EdTechの流れがそろばんの可能性を広げつつあります。

「そろばん」 はすでに広がっていた


近年、海外でも注目されている「そろばん」ですが、海外のそろばん教室のゴールは日本で習う目的とは異なっているようです
 「そろばんは日本の文化。この文化を世界に広めたい」 …… 私はそう思っていました。 しかし、トルコで開催された 「暗算オリンピック」 に参加して、その考えが間違いだったと気づきます。 そろばんは、日本や中国、韓国に限らず、世界に広がっていることを知ったからです。 しかも、海外のそろばんは日本とは異なる方向へ独自に進化していました。

 暗算オリンピックには、インドやイギリス、ドイツ、モンゴル、キューバ、スウェーデン、ギリシャ、トルコ、マレーシア、アメリカ、スペインなど、世界10カ国以上から参加者が集っていました。

 競技種目は、モニターに映し出される数字を次々に加算していくフラッシュ暗算のほか、年月日から曜日を計算するカレンダー計算、52枚のトランプの並びを覚える記憶種目など、暗算5種目と記憶5種目の全10種目。

 特に目立っていたのは合計33個のメダルを獲得したインドのチームでしたが、その子どもたちは、そろばんをはじくように指を細かく動かしながら暗算していました。

 海外では1990年代から、そろばんを活用した暗算教室が急増しました。 日本のそろばん人口が60万人であるのに対し、世界中では1000万人を超える生徒が珠算式暗算教室に通っているといわれています。

 日本と海外のそろばん教室は、そのゴールに違いがあります。 日本では一般的に珠算検定への合格を目指して学習を進めます。 「そろばんを鍛えていけば、自然と暗算力がつく」 という発想でそろばんを練習しているのです。

 一方、海外の教室が目指すのは、そろばんを上手に使えることや検定合格ではなく、暗算力を身につけることや右脳を鍛えること、そしてそれらの能力を算数や数学、ひいては生活に活かす応用力をつけることです。


海外では 「両手式そろばん」 が主流

 暗算オリンピックでもう1つ驚いたことは、そろばんをはじくように暗算していた子どもたちの多くが両手を使っていたことです。 日本では片手でそろばんの珠をはじくのが主流ですが、右脳トレーニングを目的としている海外では、両手を使うことで左右の脳をバランスよく刺激することや迅速に計算できることから 「両手式そろばん」 が主流となっています。

 そろばんで身につけた暗算のことを 「そろばん式暗算」 といいますが、脳科学の研究をしてきた河野貴美子先生の研究によると、そろばん式暗算ではイメージをつかさどる右脳を使用していることがわかっています。 そろばんを使うときは手を動かして計算しますが、習熟していくと頭の中に珠をイメージして、実際に珠をはじかなくても暗算ができるようになります。

 この右脳による記憶は、筆算式暗算の左脳による記憶に比べて高速で画像処理することができるため、そろばんの達人が大きな桁の暗算を軽々とやってのける理由もうなずけます。 また、そろばん式暗算を使いこなす人の中には、歴史の年号や電話番号を 「珠の配置」 で覚えている人もいるようです。

 そろばんは視覚的・直感的に数を捉えるのに優れた教具なのです。 幼稚園でも、果物の絵の描かれたカードなどを使って、具体的にイメージできるように教えることがありますが、そろばんを使えば同じように 「数」 という抽象的な概念を 「珠」 という具体的なモノでイメージすることができます。

 海外のそろばんのゴールは、そろばん自体の技術向上ではなく、数学全般や日常生活といった、そろばん以外の分野への応用だというのは前述のとおりです。 しかし、さらにその先にある本当の価値は、数字を通して世界の人々とコミュニケーションできることでしょう。

 数字は世界の共通言語です。 ドイツでの体験がそれを教えてくれました。 2014年、ドイツで開催された 「Mental Calculation World Cup 2014」 ( 世界ジュニア暗算大会 )を見学したときのことです。 大会には主催国であるドイツのほか、インド、UAE( アラブ首長国連邦 )、レバノン、ペルー、日本などから集まった7~17歳の55人の子どもたちが参加していました。 各国のそろばん教室で暗算力を磨いてきた子どもたちもたくさんいました。

 プログラムの一貫として用意された特別授業では、言語や年齢によっていくつかのクラスに分けられ、方程式やルート計算、素因数分解など、子どもたちにはハイレベルに思えるような内容を学びました。


数字は世界共通言語

 子どもたちは間違いを恐れず、好奇心から次々と難しい問題をリクエストします。 初めての問題でもどのように解いたら解きやすいか、速く解けるかを自分の頭で考えて答えを出しています。

 「問題は1つでも、解き方はいくつもある」 と学ぶこともあったでしょう。 例えば 「45の2乗」 という問題を暗算するときには、45×45、9×5×9×5、(50-5)×(50-5) ……といったように、いくつもの解き方が考えられます。

 子どもたちがリクエストする問題の中で、ルート計算やカレンダー計算は特に人気がありました。 「2000年4月1日は何曜日?」 「土曜日!」 と、1秒も経たないうちに子どもたちが立ち上がって興奮気味に回答します。 子どもたちは夢中になって、全身で計算を楽しんでいました。

 後半になると、親も先生もみんな参加して、授業はますますヒートアップ。 国も文化もまったく違う子どもたちが、数字を通じてコミュニケーションしている光景がそこにありました。

 そろばんや暗算に限らず、成功体験は子どもの自信になります。 その自信は積極性につながり、コミュニケーション能力を向上させます。 さらに、数字という世界の共通言語に通じれば、子どもの世界は国や文化を超えて広がっていきます。

 そろばんを通じてそろばん式暗算や日常生活への応用力をつけるために、テクノロジーの力を借りるのは効果的です。 日本でも教育とテクノロジーを掛け合わせる 「EdTech」 が注目を浴び、学習アプリが次々と生み出されています。

 アプリで一体どのような学習が可能になるのでしょうか。 使用例を1つ紹介したいと思います。 そろばんを使ってそろばん式暗算を習得するには、 「頭の中で珠をイメージする」 というプロセスが必要不可欠です。 しかし、子どもたちが頭の中で珠をイメージしながら計算しているか確認する手段がありませんでした。

 思うように暗算力が伸びず、イメージせずに暗算していることに後から気づくケースがあったのです。 アプリはいわば、子どもたちの頭の中を画面上に再現する手段でした。


計算プロセスを一つひとつ追える

 簡単にいえば、アプリで子どもの計算プロセスを一つひとつ追えるようにしたのです。 例えば、 「1+8+6」 という問題があったとき、そろばんの場合は 「15」 という答えが合っているかどうかで正誤を判断します。 そのときに珠を正しく動かしたのか、動かさずに計算したのかは、ずっと見ていない限り先生はわかりません。

 しかし、アプリであれば、 「1」 を入力した段階、 「+8」 をした段階、 「+6」 をした段階のそれぞれで正誤を判定できます。 答えだけが合っていても、プロセスが合っていなければ不正解にできる。

 しかも、それぞれの操作スピードが遅すぎる場合は、時間切れにすることもできます。 つまり、先生がそばで見ていなくても正しいプロセスでできているかを確認しながら、早く正確に計算するトレーニングを積めるようになったのです。

 このほかにも多角的に暗算力を使って知識を定着させ、応用力を育むのです。 教室で一斉に勉強する場合でも、アプリであればそれぞれの子どもの学習進捗に合わせて、これらのトレーニングを進めることも可能です。

 テクノロジーを用いることで、子どもが効率的にそろばん式暗算などさまざまな能力を身につけることが可能になりつつあります。 それがさらには、右脳の開発を通してほかの分野の能力を伸ばしたり、世界の人々とコミュニケーションする能力を育むことにもつながっていくのです。


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