( 2016.09.29 )






 不本意に 「 非正規 」 として働く労働者が貧困化する本質的な理由について考えます。 2015年時点において、若年層( 34歳未満 )の非正規雇用者は521万人、本来正社員として働きたいのに、正社員になれないため非正規雇用で働いている 「 不本意非正規 」 の割合は、25~34歳で最も高く、26.5%にも上ります。

 「 非正規雇用 」 から連想されるイメージは、単に 「 賃金が低い 」 というものでしょうか? 確かに、非正規雇用と正社員の年収差は約300万円。 その差は大きいといえるでしょう。 しかし、 「 非正規雇用 」 には賃金格差だけではなく、生涯にわたりさまざまなデメリットがあるのです。 厚生労働省も非正規雇用対策に乗り出していますが、一向に解決していませんし、する気配もありません。

 なぜ、非正規雇用問題が解決しないのか。 その本当の理由は、日本型 「 正社員 」 の問題のシワ寄せを食らっているからです。

 そもそも、非正規雇用のデメリットを整理すると、3つのポイントが浮かび上がってきます。

 1つ目は、賃金格差です。 単純に年収ベースで300万円程度の差があるのみならず、実は賃金体系による差もあります。 たとえば、時給制非正規の場合は 「 実際に働いた時間 」 で賃金計算されるため、遅刻や早退、病欠による欠勤で控除がなされる例が多く見られます。

 一方で、正社員の場合は遅刻早退や欠勤控除がなされない 「 完全月給制 」 である例も多く、また、その他の手当・賞与・退職金・福利厚生など含めると実感的な格差は思いのほか大きくなっています。

 2つ目は、身分保障の格差です。 非正規雇用について、契約期間の定めがある場合は、そもそも雇用保障が弱いことになります。 契約社員のみならず、パート・アルバイトでも期間の定めがついている例が多く見られます。 派遣社員についても、派遣先の雇用ではないため、契約は簡単に終了されます。 一方で、正社員については労働契約法が定める解雇権濫用法理という規制により、強い雇用保障が与えられています。

 しかも、裁判所は、いわゆるリストラ( 整理解雇 )の際に、 「 整理解雇の4要素 」 を満たすことを企業に求めます。 その中に、 「 ( 正社員の )解雇回避努力義務 」 という要素があり、要は解雇をする前に、さまざまな努力をせよと企業に求めるのですが、そのひとつとして、 「 正社員を切る前に非正規を先に切れ 」 という発想になりがちです。 つまり、裁判所自らが非正規差別を助長しているともいえる状況なのです。

 3つ目は、キャリアの格差です。 そもそも非正規雇用の業務は単純労働であることが多く、スキルや専門知識が身に付かない、いわば 「 労働力の切り売り 」 であることが多く、キャリア形成ができない点が問題です。 今後AI( 人工知能 )の発達により、機械に取って代わられる仕事が多くなることは明らかで、その意味でも雇用保障は弱いと言えるでしょう。


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 では、なぜこのような 「 デメリット 」 がある非正規雇用を企業は活用し続けるのでしょうか。 「 ブラック企業だから 」 という単純な理由だけなのでしょうか。 もちろん、 「 ブラック 」 な企業が糾弾されるべきことは当然ですし、これらを擁護するつもりもありませんが、ここで考えるべきは、企業の人件費は無限に存在するわけではないということです。 極めて当たり前の視点ですが、 「 賃金原資には限りがある 」 という大前提を忘れた議論が、あまりにも多く見られます。

 そもそも企業が景気変動に応じて、人件費を調整すること自体は世界共通の普遍的事象であり、それ自体が 「 悪 」 なら、もはや資本主義とはいえません。 問題は、その人件費調整を誰が引き受けるのかということなのです。

 現状は、正社員に対する解雇権濫用法理の保護が強すぎるため、非正規労働者がこれを一手に引き受けているといういびつな構造になっています。 スキルや能力、経験を考慮するのではなく、 「 非正規だから 」 リストラ対象とされ、 「 正社員だから 」 その対象とはならないのは、あたかも身分制度のようではないでしょうか。 もちろん、正社員を対象とするリストラを行う例はあります。 しかし、それは 「 非正規のリストラ 」 を行った後か、 「 どうしても非正規を残す理由 」 がある場合に限られるのが現状なのです。

 また、こうした賃金原資の限界を前提とした議論に対してよくいわれるのが、 「 企業は内部留保を取り崩せば非正規雇用対策ができる 」 といった反論です。 「 企業の業績は好調なのに、なかなか待遇が改善されない。 それは企業が利益( 内部留保 )をため込んでいるからだ 」 という主張は、正直に申し上げて、まったくもっておかしな議論です。

 そもそも、日本の名目GDPはおよそ500兆円、労働分配率がおよそ70%であるとして、賃金原資の総額はざっくりいって500×70%=350兆円です。 一方で、日本企業の内部留保は361.5兆円ほどですので、ほぼ 1年分の賃金原資相当額しかないのが現状です。 これを 「 吐き出した 」 場合、翌年以降はどうするのでしょうか。 もちろん、 「 賃金を上げるべき 」 というのは政権も要請しているところであり、これが実現することは好ましいことです。 しかし、 「 内部留保があるから大丈夫 」 という短期的発想ではなく、現実を踏まえた議論をする必要があります。

 さらにいえば、 「 内部留保 」 とは現金ではありません。 設備投資であり、工場であり、営業車であり、保有株式、つまり、未来の事業活動に必要な資産なのです。 これを売却しておカネにするということは、 「 今がよければ将来はどうでもよい 」 ということであり、まさに 「 タコが自分の足を食べる 」 状態といえるでしょう。 このように、 「 内部留保を取り崩して 」 一時的に非正規を正社員にして賃金水準を上げたとしても、持続可能性がありません( しかも、労働法の規制により一度上げた賃金はなかなか下げられません )。




 賃金アップに必要な内部留保が毎年3%程度であるとしても、いずれ枯渇します。 しかも、将来の事業継続・拡大を犠牲にするということも、忘れてはいけません。 来年、定年を迎える人にとってはそれでよいのでしょうが、内部留保を取り崩して成長できない会社にいる若者はどうしたらよいのでしょうか。 企業の実情に応じてある程度、給与水準を上げるべきということであればわかりますが、 「 企業は内部留保をため込んでいるから全員正社員にできるはずだ 」 などという現実を見ない前提であっては、議論にすらなりません。

 非正規問題を解決するべく、厚生労働省はさまざまな対策を講じています。 近年の例でいえば、偽装請負・日雇い派遣への対策、派遣法改正、労働契約法改正による無期労働契約転換権の付与などが挙げられます。 しかし残念ながら、これらの対策が功を奏しているとはいえませんし、今後もうまくいかないでしょう。 なぜなら、これらはいずれも場当たり的対策であって、根本的な対策ではないからです。

 そもそも非正規雇用 「 だけ 」 の問題としてとらえるのが間違っているのです。 では、本当の意味での非正規労働者対策とは何か?  それは、雇用全体の問題、 つまり 「 正社員 」 の問題として捉えることです。 非正規雇用は正社員の影、表裏一体の存在なのです。 強すぎる正社員の保護と比べて、あまりに弱い非正規雇用者の保護。 このアンバランスさが問題の本質です。 一度正社員を雇うとなかなかクビにできない。 だから非正規雇用が活用されるのです。

 安易に 「 正社員をなくせ 」 とか、 「 労働者の使い捨てだ 」、 「 正社員が派遣社員に置き換わる 」 など、表面的な議論をするつもりはありません。 日本型雇用の本質に切り込んだ議論が活発になることを願っています。












働くことでどのような「幸福」が得られるか。価値観は大きく動いています
 そもそも日本の雇用ルールは、現在、労働契約法という法律に定められています。 日本型正社員の2大特徴は、①一度雇ったらなかなか解雇できない解雇権濫用法理と、②一度上げた賃金はなかなか下げられないという不利益変更法理です。 これらのルールは、元から法律で定められていたのではありません。 昭和の時代の最高裁判決から生まれたルール( 判例法理 )です。 当時の時代背景を考えてみると、人口は増加し、経済も右肩上がり。 まさに高度経済成長期でした。

 当時の日本企業では、新卒採用で終身雇用、年功序列が当たり前であり、新卒で入社した企業に定年まで勤め上げるのは当然、という社会情勢でした。 こうした 「 終身雇用が当たり前 」 という考え方は、単に労働契約を結ぶのではなく、 「 会社 」 という会員制組織のメンバーになるという意味で 「 メンバーシップ型雇用 」 < 濱口桂一郎 著 『日本の雇用と労働法』(日経文庫)参照>などといわれるところです。

 メンバーシップ型雇用の特徴は、終身雇用、無限定な仕事、広い職種転換、人事ローテーション、全国転勤、長時間労働など、いわば 「 昭和的働き方 」 といえるものです。

 メンバーシップ型の終身雇用が当然とされていれば、解雇によって会社から追い出すのは 「 よほど例外的な場合 」 のみ、ということになります。 実際の裁判例でも、解雇が有効となるには 「 単なる成績不良ではなく、企業経営や運営に現に支障・損害を生じ又は重大な損害を生じる恐れがあり、企業から排除しなければならない程度に至っていることを要 」 するという表現が使われています。

 しかし、現実に企業経営に支障や重大な損害を生じることを待っていたのでは、企業の存続自体が危ぶまれてしまいます。 経営危機が起こってから対処したのでは遅いのは、言うまでもありません。 そうすると結局、正社員を解雇をすること自体が難しくなるのです。

 ひるがえって、現代はどのような状況でしょうか。 バブル崩壊後、 「 失われた20年 」 とも表される景気低迷期といわれつつ、 「 いざなぎ景気 」 を超える戦後最長の( 実感なき )景気回復期、リーマンショック、デフレ、アベノミクスによる( 実感なき )株高、Brexit、通貨安競争などなど、企業を取り巻く経済環境は文字どおりめまぐるしく変動しています。 最重要課題である、人口減による高齢化社会にも向き合わなければなりません。

 有名な大企業でもリストラのニュースを耳にすることが珍しくない今、昭和の高度経済成長期と現代の時代背景が違うのは明らかです。 しかし、労働法は、いっさい変わっていません。 いまだに終身雇用を前提とした考え方がそのまま生き残っています。




 しかし、 それではリスクのある新規事業へのチャレンジや、 新規部門の設置・撤廃などを機動的に行うことができません。 「 正社員 」 を定年まで雇うことのコストは、 3億円とも4億円弱とも言われる中、 このようなリスクを冒して新規事業にチャレンジする機会を、 法律が奪っているともいえます。 日本においてイノベーションが起きにくい一因になっているのです。

 そして、 経済環境の変化に応じた機動的な労働力の移動ができず、 労働法が時代とミスマッチとなった結果、 雇用が滞留・固定化し、 非正規の 「 貧困 」 や、際限なき長時間労働、メンタルヘルス、ハラスメント、ブラック企業の出現など、 さまざまな 「 ひずみ 」 を生んでいるのです。 一部の正社員だけが特権を受け、 非正規・若年層が割を食らうというのは、 まさにいびつな構造です。

 これまで述べた日本型正社員を前提としたルールの弊害は、企業に正社員としての採用を抑制させる効果があり、必然的に非正規を活用するという方向に向かってしまうという点です。 そうすると、非正規問題解決の方策は、非正規雇用の底上げをしようという方向ではなく、非正規と正規を近づけることになるでしょう。

 今までのような 「 身分制 」 ではなく、むしろ能力やスキル、経験、職歴などにより、公正に評価する方向が公平だと考えます。 正社員の雇用保証のあり方を変えることにより、正規と非正規の違いは、個々のパーソナリティやライフスタイル、ライフステージ、価値観の違いによる 「 働き方の違い 」 だけとするべきです。

 このような意見を言うと、 「 正社員をなくして、皆を非正規にするのか! けしからん! 」 という反論がありそうです。 しかし、単純に 「 正社員をなくせ! 」 などという安易な議論をするつもりはありません。 正社員の立場 「 だけ 」 が高い現在の雇用慣行において、その不公平な格差を問題としているのです。

 OECD2015年対日審査報告書によれば、 「 企業は、雇用の柔軟性強化や、強い労働保護下にある正規雇用者を解雇するコストを避けるため、非正規労働者の雇用を …( 中略 )… 増やしてきた 」 とされています。 このように、非正規のみに雇用調整のしわ寄せをくらっている構造自体が問題なのです。 社員すべてを非正規にして、 「 いつでもクビにできるようにしよう 」 という話では決してありません。

 そもそも、解雇ルールの根底にある 「 ひとつの会社で定年まで面倒を見てもらおう 」 という発想自体が、これからの時代、最大のリスクであると筆者は考えています。 日本経済の5年後・10年後の見通しも立たない中、終身雇用を保障できる会社など多くありません。

 一生勤めていこうという会社( 部門 )がなくなったとき、初めて焦るのでは遅いのです。 自分の人生をすべて企業任せにしてよいという時代は終わりを迎えつつあります。 むしろ 「 自らのスキルアップこそが最大のセーフティネットである 」 という発想から、能力開発のあり方を再検討すべきだと思います。




 具体的には、正社員の雇用調整をする際に十分な補償金や再就職支援措置、キャリアコンサルティングなどを行うと共に、失業保険や実務に即した職業訓練などの公的給付の拡充により、この保護は十分に図れるでしょう。

 また、企業が雇用調整の際に支払う補償金について、たとえば 「 給料の10カ月分 」 と高額にすれば、経済合理性の観点から安易な解雇はむしろ避けられるようになると考えられます。 解雇紛争については、今は労働審判という裁判所の手続において 「 給料の◯カ月分 」 という形で和解をすることが多くおこなわれています。 しかし、これを裁判ではなく、誰でも、労働者が申請すればもらえるようにすることのほうが、はるかに合理的でしょう。

 現に、解雇規制が日本同様に厳しく、雇用が硬直化していたイタリアでは、今年の 1月から解雇法制を改革し、最大24カ月分の金銭補償による解雇を認める法制度となりました。 その結果、正社員が増えつつある最中だそうです。 経済改革には、雇用法制の改革が必要不可欠なのです。

 労働者にとっては何カ月( 場合によれば何年も )もの時間と多額の弁護士費用をかけて、ようやく和解金を勝ち取るというより、はじめから金銭補償を認める方が生産的ではないでしょうか。 むしろ、経済的・時間的理由からこのような手間をかけられず、泣き寝入りしている労働者にとっては、金銭的に保護する結果となります。 このように、現に正社員として働く人にとっても、メリットは大きいのです。 弁護士にとっては、解雇裁判の仕事は減るでしょうが、社会全体で見れば喜ばしいことでしょう。

  以前、とある場所でこのような話をしたら、 「 労働者同士の対立をあおる詐欺師だ! 」 と言われたことがありました。 しかし、それではどうすれば今の非正規格差を是正できるのでしょうか。 ぜひ、納得のいく議論をしたいと心から思っています。

 「 なぜ、正社員 『 だけ 』 が強く守られているのか? 」 そんな、当たり前の問いに、真正面から向き合う時期に来ていると考えます。
 日本でも真摯な議論が活発になることを祈っています。