出動するサラリーマンですし詰めの地下鉄車内。 東京都内に住む50歳代の大手商社マンは不動産投資に関する本を取り出した。 「低額物件の複数購入でリスク分散……」 。 前日の深夜、自宅でネット検索した物件を一つひとつ 思い出していく。
 都内や札幌など6都市に持つワンルームマンションなどは41件、資産総額で3億円。 そのノウハウの一つが、不 動産投資で得られる所得と、サラリーマンとしてもらう給与所得の合算による節税だ。
 マンションの賃貸収入を上回る経費を計上して不動産所得を赤字にすれば、合算後の所得が減り、納税額も少なくなる。 経費は物件購入のために借り入れたローンの利払い費や管理会社への委託費だけではない。 札幌に花火大会を見に行く旅費も、物件の視察を組み込んで経費に。 賃貸料の帳簿記入を子ども2人に手伝わせ、 「アルバイト料」 として8万円ずつ計上。 実際には2人の高校の授業料や小遣いだが、年齢などの要件を満たしており 「合法」 だ。
 商社での給与が1千万円を超えた92年ごろから10年間、所得税と住民税は 「無税状態」 だった。 昨年は給与1400万円に加えて家賃収入が2400万円あったが、 「払った税金は60万円ほど」 。 子どもの保育料の軽減や教育助成金など、国や区の低所得者向け補助もしっかり受けてきた。 物件の長期保有に徹したため売却損もなく、ローン残高を引いた純資産は約1億円に膨らんだ。
  「会社人間になりたくない」 と始めた不動産投資だったが、領収書があれば 「経費」 がとがめられることはない。 「サラリーマンは損をしている」 とつくづく思う。 「役所の仕事ぶりをみると税金を払う気がなくなる」
 定年を迎える数年後のプランもある。 「法人を作り、不動産などの資産は相続税のかからない法人所有に移し、子どもたちに……」 。 「節税人生」 の老後はバラ色だ。
 税金を給与から源泉徴収され、 「従順な納税者」 だったサラリーマンの 「反乱」 が広がり始めた。




 国民が 「負担」 から逃げると、国や自治体の財政難が一層深刻になり、社会保障制度のほころびは広がるばかりだ。 一方で 「負担増に意義があるなら応じる」 という人も少なくない。 納得して税金や保険料を払うには何か必要か。 総選挙を前に、現状を報告し選択肢を考えていく。
 スーツに身を包んだ女性経営コンサルタント( 38 )は、都心のオフィス街を飛び回る日々だ。 契約先の企業に新規事業やシステムの立ち上げを助言する。 「社長」 になっても仕事の内容は変わらない。
  「年収の4割強を税金や社会保険料でとられる。 ばからしくて」 と、 「サラリーマン法人」 を立ち上げたのは2年前。 勤務先の外資系コンサルティング会社と交渉、自ら出資して株式会社を作り、同じ業務を請け負う形にした。
 残業なし、社員時代より100万円少ない年1200万円で契約。 給与として自分が720万円、夫も120万円をもらう。 さらに 「経費」 を積み上げて会社の利益をゼロにし、法人税負担をなくす。 高級車の購入、自宅の固定資産税相当分、水道光熱費、通信費など、サラリーマン時は自腹だったものばかり。 年2~3回は出かける海外旅行も出張扱いだ。
 個人としても、夫と収入を分割したことでそれぞれが所得税の各種控除の恩恵を受け、高い税率を避けられる。 連動して住民税や社会保険料も減り、月30万円は負担が減ったという。 「もっと早くやっていればよかった」
 女性は言う。 「共働きで子供もいないし、受ける行政サIビスは皆無なのに負担ばかりで……」
 日本IBM系のコンサルテイング会社では、部長クラスの数十人が 「個人事業主」 として働く。 社員が事業主として独立すれば、企業は社会保険料や福利厚生費を負担しなくて済む。 「税金や保険料を賢く節約すれば、個人も企業も得」 。 NPO 「サラリーマン自立支援センター」 の瀬尾正勝理事長は言う。
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 非正規社員、リストラ……。   「勝ち組」 になれなかったサラリーマンたちの 「反乱」 も相次ぐ。
 都内のオフィス街の飲食店。 職場の仲間と夕食を終えた男性( 36 )は1人だけレジに残った。 領収書をもらうためだ。 「自分の分だけでなく、全員の分を『会議費』にすることもしばしばです」 。 領収書をこまめに集め始めたのは2年前。 「個人事業主」 になってからだ。
 高校中退後、フリーターを経てIT系の派遣社員に。 学歴がなく、正社員への道は険しい。 そんな時に知ったのが、派遣会社を通さず業務を請け負う個人事業主だった。
 パソコンのトラブル対応などの仕事で年収は倍増して約800万円になったが、所得税額は派遣時代とほは同じ。 収入の5~6割を経費にし、利益を圧縮するからだ。 サラリーマンの経費に相当する給与所得控除は、平均で年収の3割。 こんなに税金が安くていいのと感じるが、取られすぎていただけと思い直す。
  「ハローワークにも行ったことないし、国には何も期待していない」
 個人事業主になるIT技術者の税務支援を柱の一つに据える 「首都圏コンピュータ技術者株式会社」  ( 東京都 )の会員は、10年前の約8倍に増えた。 「皆さん節税には大変熱心。 平均で収入の5割、多い人では7割超を経費として申告しておられます」
 大阪市の町工場が並ぶ一角。 マンションの一室でパソコンに向かう男性( 47 )も 「節税」 が不可欠になった。
 自ら運営するネット掲示板の更新に余念がない。 サイトにアクセスがあり、利用者が広告をクリックするたびに数円~数十円がスポンサーから入る。 掲載した商品が売れればさらに数%~数十%の仲介料を手にできる。
 6年前、勤めていた大手化粧品メーカーで賞与が3分の1にカットされ、住宅ローン返済の足しにとネット副業を始めた。 収入は多い時で月に数十万円。 「額が少ないし、ネット商売は税務署に捕捉されにくい」 。 無申告で始め、2年前から経費を積み上げて赤字にしている。 今年夏に早期退職し、 「ネットビジネスを本業に」 と覚悟を決めた。
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 兵庫県芦屋市の男性( 58 )は、コンピューター保守サービスの中小企業に勤めてきた。 年収500万円ほどの、平均的な生活。 その一方で35年間、所得税や住民税を払わずに済ませてきた。
  「節税装置」 は趣味のイラスト作りだ。 芸能人や政治家の似顔絵を描いて雑誌に寄稿し、毎年20万~50万円ほどを得た。 この 「事業所得」 に様々な 「経費」 を積み増して年100万~200万円の 「赤字」 にし、給与所得との合算で納税を免れた。
 公共事業などの無駄遣いを知るたびに腹を立てていたが、 「無税の人」 を続けるうちに 「どうでもよくなった」 。 昨年、勤め先をやめ、イラストレーターも引退。 「無税入門」 を出版し、自身の節税対策を赤裸々に書いた。 「読んだ人が税金を払わなくなり、日本の財政がさらに悪化しても自分には関係ない」 。 ペンネームは 「只野範男」 。 社会への 「ただ乗り男」 とかけた。
 只野さんに賛同するか、あるいは 「負担」 を立て直していくか。 私たち一人ひとりの選択が問われている。


   

 サラリーマンの節税は、自営業者や農家の所得は一部しか捕捉されていないという 「クロヨン」 問題を利用する形で広がっている。 荒井晴仁・元内閣府宣房審議官の推計( 02年 )では、自営業者の所得捕捉率は76%、農業所得は46.9%。 70年代の調査と比べて縮小はしているが、ほぼ100%把握される給与所得との間では 「依然として無視できない格差が存在する」 という。
  「法人」 や個人事業主となって申告納税するようになったサラリーマンらは、この現実を実感している。 この不公平感に加え、多くの人が抱くのは 「税金の無駄遣いが後を絶だない」 という不信感だ。
 香西泰・政府税制調査会長は 「サラリーマンにも経費を認めた給与所得控除があるし、日本の所得税は中間層が手厚く優遇された税制なのに」 という。 所得税の納税者の8割は税率が10%以下。 住民税をあわせた税負担( 対国民所得比 )は7.6%( 08年度 )で欧米先進国の3~7割程度だ。 この 「軽負担」 と  「重税感」 のギャップを生んでいるのが、負担の不公平と政府への不信感。 さらに、不透明な 「財政調整」 で自営業者らも支えている社会保険料の負担の急増だ。
 社会保障の充実へ 「負担増も」 と思っている人は少なくない。 だが納税者の信頼感を欠いたまま、負担増を求められるのか。 負担のしがいのある政府、負担と受益の関係が見える制度をどう作るのか、議論は待ったなしだ。









1-「脱税と節税は紙一重?」
 よく 「脱税と節税は紙一重」 などと言われることがあります。
 でも元国税職員の立場から言うならば、脱税と節税というのは明らかに一線を画すものです。

 そもそも脱税とはなんなのでしょうか?

 本来、犯罪用語としての脱税というのは、裁判で税法違反の判決が下ったものだけのことを指します。
 新聞などで 「脱税」 という見出しがあるものは、起訴されたものだけなのです。

 では税法違反の判決はどういうときに下るかというと、 「悪質な課税逃れがあり、高額( 1億円以上が目安 )なもの」 に対してだけです。

 では 「悪質」 とはどういうことを差すのでしょうか?

 これも税法には、具体的な定義があります。
 悪質な課税逃れというのは、 「仮装隠蔽がなされたもの」 とされています。
 つまり、税金を逃れるために、ありもしないことをでっちあげたり、あるものを隠したりした場合のことなのです。

 だから、どんなに無理な税法の解釈をして、課税を逃れていても、 「隠したり」 「でっちあげたり」 していなければ、脱税とはならずに単なる 「課税漏れ」 なのです。

 たとえば会社の代表者が豪遊し、それを研修費などとして会社の経費で処理したとします。 これは税法の解釈誤りではありますが、脱税にはならないのです。
 逆に、一般的に見てそれほど悪質とは思えなくても、脱税とされるケースもあります。

 たとえば今期の利益が思った以上に出てしまい、期末の売上を数日間だけずらして来期の売上であったことにしようと請求書や納品書などの日付を書き換えたとします。
 これは売上自体を隠したわけではなく、単に売上の期日を先送りにしただけなのですが、 「書き換えた」 という時点で、 「仮装隠蔽」 とされ、 「悪質な課税逃れ」 の対象となるのです。 もし、この額が高額であれば、脱税容疑で起訴ということにもなるのです。


2-「脱税の3形態」
 脱税というのは、次の3つの形態があります。

     ① 収入を抜く
     ② 経費を水増しする
     ③ 在庫を少なく見せかける

 どんな複雑な手法を用いた脱税であっても、最終的にはこの3つに集約されます。

 収入を抜くというのは、その名の通りです。 経費を水増しするというのも、わかりますね。 最後の③在庫を少なく見せかけるということは、少しわかりにくいので説明をしましょう。

 事業者の税金( 所得税、法人税など )は、事業の利益に税金がかかってくるものです。 この利益というのは、次の式で求められます。

           収入-( 経費-在庫 ) = 利益

 この式を見ればおわかりの通り、在庫を実際よりも少なくすれば利益が少なくなります。 これが、在庫を少なく見せかける脱税の仕組みなのです。

 「収入を抜く」 ことも、 「経費を水増しする」 ことも、取引が介在します。 つまり①②の2つの脱税は必ず相手があることなのです。 ①②の脱税は 「だれかに売ったものを隠す」 「だれかからなにかを買ったことにする」 ことなので、そのだれかを調べられれば、発覚してしまいます。 また①②の脱税は、だれかに迷惑がかかることでもあります。

 しかし③の在庫を少なく見せかける脱税は、自社の中だけで完結します。 だから、脱税者にとっては、非常にやりやすい脱税だといえます。

 ただし、この脱税方法は、その期の税金は安くなりますが、翌期の税金は高くなってしまいます。

 在庫を翌期に繰り越しただけなので、本当は存在しない在庫が帳簿上には残っています。 だから翌期は、帳簿上の在庫をさばかなければならないので、仕入をせずに売上だけがある状態になってしまうのです。

 在庫を少なく見せかける脱税を何年も続けていれば、限りなく、正当な納税額に近づいていくのです。
 つまり、在庫を少なく見せかける脱税は、当座の税金を少なくしたいがための、その場しのぎの脱税だといえます。

 また、その場しのぎの脱税だとしても、税務署に見つかれば、当然、厳しいペナルティーが課せられます。


3-「現金商売の脱税」
 「現金商売」 というのは、非常に脱税しやすいと、よくいわれます。
 現金商売というのは、モノを売ったり、サービスを提供した場合、その支払いが現金で行われる商売のことです。
 一般の人が利用する店は、ほとんどがこの 「現金商売」 にあたります。

 みなさんだいたい推測がつくとは思いますが、現金商売がなぜ脱税しやすいか、というと

     ① お客が不特定多数であること
     ② 支払いが現金なので隠しやすい

 の2つの大きな理由があります。

 お客さんが、特定の人であれば、税務署はその店のお客さんを調べれば、だいたいの売上がわかるわけです。 また、支払いが現金でなく、銀行振込や手形であれば、税務署は入金状況を簡単に把握できます。
 つまり、現金商売の特徴 「お客が不特定多数であること」 「現金払いであること」 は、脱税をしやすい要件を満たしているのです。

 でも、現金商売であれば、どんな業種でも脱税がしやすいかといえば必ずしもそうではありません。
 「大きくて価格も高い物」 を売る商売は、比較的、脱税がしにくいといわれています。
 たとえば、電化製品を売る場合。
 電化製品は、仕入れ先が限られています。 税務署が、仕入れの個数を調べれば、売上は、ほぼわかってしまいます。 だから、現金で不特定の客に売って、売上げを隠したとしても、仕入れの面から、脱税がわかってしまうのです。

 現金商売で、もっとも脱税がしやすい業種というのは、なんといっても飲食業です。
 飲食業は、仕入れたものを変形して販売する業種です。 「仕入の数量」 と 「売上の数量」 は、一致しないのです。
 だから税務署が仕入を調べても、それだけで売上を把握することはできません( ある程度推測はできますが )。
 それが、 「飲食業は脱税の常習業種」 の理由なのです。


4-脱税常習犯パチンコ業界
 パチンコというのは、常に脱税業種ランキングの上位に位置しています。 パチンコは不況にも強い業種であるとともに、非常に脱税しやすい業種なのです。

 なぜパチンコが脱税しやすいかというと、まず 「客が不特定多数であり、領収書を発行することもほとんどない」 ということがあります。 脱税の方法というのは、大きく2つに分けられます。 「売上を抜く」 か 「仕入を過大に計上する」 ということです。 脱税事件のほとんどは、この2つに集約されます。

 パチンコの脱税方法はこの2つのうち 「売上を抜く」 方法がメインです。 税務署が 「売上を抜いていないかどうか」 を確かめる場合、もっとも確実な方法は、 「だれにどれだけ売ったか」 ということを、客の側から確認することです。 でも客が不特定多数であれば、 「だれにどれだけ売ったか」 ということが、わかりません。

 また、パチンコ屋には、 「仕入がない」 ということも、脱税をしやすい要因になっています。 普通の商売と言うのは、売上には仕入があります。 だから、税務署が事業者の仕入を調べれば、その商売のだいたいの売上がわかります。

 しかし、パチンコの場合、玉を売る商売です。 その玉は、店の中で循環するものなので、玉の数を数えたところで、売上がどのくらいあるかは、わからないのです。

 またパチンコ業界というのは、脱税に関して、まったく罪の意識がない業界ともいえます。
 10年ほど前、当局はパチンコ業界にプリペイドカードの導入をさせようとしました。 プリペイドカードを導入すれば、プリペイドカードの売上を調べれば、だいたいの収入がわかります。 パチンコ収入をガラス張りにしようと試みたのです。 しかし、このときパチンコ業界は、あらゆる方法を駆使して、プリペイドカード導入に、激しく抵抗しました。

 普通、プリペイドカードにすれば、客の利便性も上がり、あらたな需要拡大にも結びつくので、業界が反対するなんてありません。 なのに、導入に反対するということは、まさに、自分たちは脱税をしています、と言っているようなものだったのです。

 結局、プリペイドカードは導入されましたが、パチンコ業界は、めげませんでした。
 パチンコの機械の中に脱税するための操作が組み込むなど、ハイテク化した脱税方法を考え出したのです。 これはどういうことかというと、パチンコの売上を記録する装置が、本当の売上金額と、税務署に申告するための売上金額( 実際よりかなり低い額 )の両方を記録出来るようになっていたのです。 つまり、パチンコ台そのものが、売上を誤魔化す機械となっていたのです。
 もちろん、これはパチンコ店一店で、出来る脱税ではありません。 業界を挙げて協力してこそ、出来る脱税方法なのです。

 税務署は、この脱税方法はすでに把握していますが、パチンコ業界も、また新たなハイテク脱税を考え出していると見られています。 税務署とパチンコ業界のいたちごっこは続いているのです。






( 2019.03.27 )

  



平成脱税事件故・金丸信元自民党副総裁の脱税事件でマルサは一躍脚光を浴びた
 平成も間もなく終わるが、いろいろな脱税事件が表面化した。 納税は 「国民の3大義務」 の1つとされながら、何とかして税金を免れようとする法人・個人は後を絶たない。 そして、その脱税事件は 「時代を反映する」 といわれる。 各国税局の査察部( マルサ )やほかの取り締まり機関が急激に成長した業種や注目される著名人の懐具合を精査し、税金逃れをしていないか目を光らせているためだ。 政治家や資産家、企業に切り込んだ平成の事件を振り返ってみたい。

特捜部のメンツ守った国税

 「マルサ」 が一般に知られるようになったのは、平成になる直前の1987年に公開され、大ヒットした映画 「マルサの女」 がきっかけだ。 そのマルサが一躍脚光を浴びたのが、故・金丸信元自民党副総裁の脱税事件だろう。

 金丸氏が佐川急便事件から5億円のヤミ献金を受け取ったとされる疑惑を巡り、東京地検特捜部は逮捕・起訴はおろか 「上申書」 の提出を受けたとの理由で本人聴取すらせず、1992年9月28日、政治資金規正法違反の罪だけで東京簡裁に略式起訴した。

 結局、20万円の罰金だけで済み、事件の核心部分は未解明のまま幕引き。 特捜部は国民から 「大物政治家は特別扱いか」 などと激しい批判を浴び、東京・霞が関の検察合同庁舎には 黄色いペンキ が投げ付けられた。

 メンツが丸つぶれとなった特捜部は事態を打開しようと、金丸氏に関わる情報を持っていないか東京国税局に相談。 国税局は内偵で金丸氏が政治資金を流用して日本債券信用銀行の割引金融債( ワリシン )を購入していた事実をつかんでおり、この事件を突破口に1993年3月6日、所得税法違反容疑で逮捕にこぎつけた。

 結局、国税局がつかんでいたワリシン以外にも次々と申告していない蓄財が見つかり、特捜部は約18億4000万円の所得を隠し、約10億4000万円を脱税したとして所得税法違反の罪で起訴した( 公判中に金丸氏が死去したため公訴棄却 )。

 捜査終結後の記者会見では、当時の五十嵐紀男特捜部長は 「長年の戦友である 『マルサ』 の方々に感謝します」 と述べていた。

 大物政治家の摘発はほかにもある。

 1990年12月19日、特捜部は国税局の協力を得て、仕手集団の情報に便乗した株取引の売却益など約28億円の所得を隠し、約17億円を脱税したとして、元環境庁長官の稲村利幸衆院議員( 当時 )の議員会館などの家宅捜索と稲村氏への取り調べに着手した。

 特捜部は同じ内容で起訴し、一審、二審で懲役刑のほかに罰金を科すかで判断が分かれたが、最高裁は97年、懲役3年、罰金3億円を言い渡した二審判決を支持。 稲村氏の上告を棄却し、実刑判決が確定した。

 一審の東京地裁は懲役3年4月実刑判決を言い渡したが、地検が 「罰金を科さなかったのは不当」 とし、弁護側も量刑が重すぎると双方が控訴。 二審の東京高裁は 「枢要な地位にありながら公務を割いて頻繁に株取引を行い、巨額の利益を当初から隠そうとした。 一審判決は寛大すぎる」 として一審判決を破棄し、懲役と罰金の両方を言い渡していた。

 稲村氏は公判で、株取引は政治資金を作り蓄えることが目的だったと主張し、情状として訴えていた。 また脱税マネーで元秘書らを役員にしたダミー会社を使い、東京都内の高級住宅地や豪華マンションを相次いで購入していたことが明らかになった。


元経団連会長の長男に実刑

 大物政治家だけでなく、著名な財界人でも容赦はない。

 旧経団連( 現・日本経団連 )会長などを務めた元新日本製鉄社長の故・斎藤英四郎氏の長男で元新日鉄常務だった英樹氏は、東京国税局の強制調査( 査察 )を受け、英四郎氏の遺産計約16億3000万円を申告せず、相続税約9億8000万円を脱税したとして、相続税法違反容疑で2004年に東京地検に告発された。

 英樹氏は英四郎氏の預金や有価証券、不動産などを相続したが、無記名の割引債などを申告していなかった。 英樹氏は 「( 申告しなかった遺産は英四郎氏の )隠し資産と思い、表に出すと体面を傷つける」 「倹約してためてくれたのに税金で取られるのは納得いかなかった」 などと供述したとされる。

 判決で東京地裁は 「相続した割引債を貸金庫に隠したり、脱税を疑われないよう一部だけ申告したりするなど、気の迷いではなく確固たる意思による悪質な犯行で責任は重い」 として、懲役1年8月の実刑判決を言い渡し、確定した。

 ダイエー創業者の故・中内功氏の二男でプロ野球の福岡ダイエーホークス元オーナーの正氏も標的になった。 さいたま地検は関東信越国税局と合同で2010年6月3日、強制捜査に着手し、関係先を捜索。 相続税法違反の疑いで正氏を逮捕した。

 逮捕容疑は功氏から贈与された約5億5000万円を申告せず、贈与税約2億7000万円を脱税したという内容。 地検と国税局は正氏が05年2月に東京都大田区の自宅を約12億円で売却し、自分の債務返済に充てたが、自宅の一部は功氏に所有権があり、売却代金のうち約5億5000万円が贈与だったと判断した。

 功氏は同年9月に死去したが、正氏は贈与の事実を隠すため、毎月一定額を返済しているように偽装していたとされた。

 地検は逮捕容疑と同じ内容の罪で正氏を起訴。 さいたま地裁も起訴内容をそのまま追認し 「巧妙かつ悪質で、確固たる犯意に基づく計画的な犯行」 と指摘する一方、 「犯行を認め、反省している」 として執行猶予付き有罪判決を言い渡した。


安室さんの事務所、元札幌国税局長も

 マルサは元身内にも切り込んでいった。

 昨年9月に引退した安室奈美恵さんや 「U.S.A.」 が大ヒットしたDA PUMPを育てた芸能事務所 「ライジングプロダクション」 が約25億円の所得を隠し法人税約9億円を脱税したとして、東京地検特捜部は2001年10月18日、元社長の平哲夫氏ら9人を逮捕した。

 平氏らは関連会社に架空の外注費を計上するなどして、総額28億5000万円の所得を隠し、法人税計約11億円を脱税したとして起訴され、平氏は懲役2年4ヵ月の実刑が確定した。 法人としてのライジング社も罰金2億4000万円が言い渡された。

 平氏は 「裏社会への対策費や賭博の遊興費に使った」 「浮き沈みの激しい芸能界で将来に備える資金が欲しかった」 などと供述していた。

 そして、この事件を巡って浮上したのがライジング社の顧問を務めていた国税OBの税理士で、元札幌国税局長の浜田常吉氏の存在だった。

 浜田氏はライジング社を含め約200社の顧問を務めていた。 2002年1月10日、東京国税局は顧問料など約7億3000万円の所得を隠し約2億5000万円を脱税したとして、所得税法違反の容疑で東京地検特捜部に告発。 特捜部は同日、同容疑で逮捕した。

 浜田氏は千葉県の高校を卒業後、1956年に東京国税局に入局。 麻布税務署副署長や国税職員の不正をチェックする国税庁首席監察官を経て、95年から札幌国税局長を務め 「ノンキャリのエース」 と呼ばれた。

 浜田氏は 「自分に調査が及ぶはずがないと思い、慢心していた。 退官後も多額の収入があり、納税するのがばかばかしくなった」 などと供述したとされる。 2002年7月11日、東京地裁で懲役1年2ヵ月、罰金5500万円の判決を受け控訴したが、その後、取り下げ、実刑が確定した。


プロ野球脱税、サッチーも

 テレビのワイドショーや雑誌、スポーツ新聞をにぎわせた事件も多い。

 名古屋国税局が1997年2月にプロ野球選手に脱税を指南したとして、経営コンサルタントらの強制調査に着手し、ヤクルトスワローズの宮本慎也選手や福岡ダイエーホークス( 当時 )の小久保裕紀選手ら5球団10人が在宅起訴され、いずれも執行猶予付きの有罪判決を受けた。

 10人のうち最初となった中日ドラゴンズの2選手は初公判で 「ファンや球団関係者に迷惑を掛けた。 野球でお返ししたい」 と丸暗記したかのように同じ言葉を述べ、裁判長が 「国民の義務を卑劣な手で逃れたことを本当に反省しているのか。 野球人以前の問題だろう」 と叱責する場面もあった。

 楽天イーグルスや阪神タイガースなどで監督を務めた野村克也氏の妻で、テレビのバラエティー番組などに強烈なキャラクターで出演していたタレントの沙知代さんもターゲットになった。

 2001年12月5日、講演料を申告しなかったり、経営する会社の架空経費を計上したりするなどして約3億8000万円の所得を隠し、法人税約1億2000万円を脱税したとして逮捕、起訴された。

 沙知代さんは執行猶予付きの有罪判決を受けたが、マルサの調べに 「何でそんなことを言わなきゃいけないの。 それを調べるのがあなたたちの仕事でしょ」 などとかみついていたという。

 元税務署長( 故人 )が言っていた。
「脱税は未来永劫、なくならないだろうな。 税金を使う側がまともなら、少しは減るだろうけど」
 脱税事件が起きる原因は当事者だけではなく、納められた税金を無駄遣いする政治家や役所にも原因があると言うのだ。

 まったく、その通りだと思う。 脱税した側が罪に問われるならば、無駄遣いをした側も罪に問われてもいいのかもしれない。

 「俺たちは国民のために仕事をしている。 恨まれる筋合いはない」 と話していた先輩の言葉には、説得力があった。


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